日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大法学部に即して

 先に東大法学部出身の寺脇や前川について言及した。  全共闘運動が流行した時期、丸山真男は法学部の教授であった。彼は良識の保持に努めつつ全共闘に理解を示していた。しかし、彼は全共闘に非難された。丸山は、以下のように指摘した(『自己内対話』二三二~二三三頁)。  「専門バカ」のインテリはたしかにいる。しかし「専門」さえももたない「…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して16

 エロスとタナトスは相関する。これまでエロスの側面から論じてきたが、『完全自殺マニュアル』(太田出版、1993年)を書いた鶴見済はタナトスに位置づけられる。彼は続いて鶴見は『無気力製造工場』(1995年)、『人格改造マニュアル』(1996)、『檻のなかのダンス』(1998年)を太田出版から出した。  フロイトの洞察を再確認できるフィー…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して15

 上野の「パンツ」と宮台の「ブルセラ」は表現は異なるが、アカデミックに装った知の退廃では通底している。そこには、性とは種の存続に関わる本源的な営みで、これを認識できる人間にとって極めて厳粛であるという認識はない。  後日、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの「思考は言語で偽装する」を読み(『論理哲学論考』野矢茂樹訳、岩波文庫、2003…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して14

教育を受けた出身者  今まで東大文学部社会学科の教員たちを考察してきた。次ぎに、その教育を受けた出身者を取りあげる。  宮台真司は、マスメディアで公然と「ブルセラ(少女が身につけたブルマーやセーラー服を購買者が性欲充足で使うことを承知して売買)」や「援助交際(児童買春)」を積極的に評価した。少女の自立を名目にしているがレトリックにで…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して13

バブルを通した「大学解体」の目的達成   ―中年・中堅となった全共闘世代による知の頽廃、大学の「レジャーランド化」  上野は氷山の一角であり、中年期で諸領域において中堅となった全共闘世代を象徴している。「連帯を求めて孤立を恐れず」を堅持した者の多くは中堅ではなく、マージナルな存在となった。  マージナルではない全共闘世代は「自己否…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して12

補論―戸坂潤の「サルマタモラル」論批判  上野の「パンティ」や「パンツ」と対極的に、戸坂は鋭敏な問題意識をもって真摯に現実と格闘し、生き生きと「サルマタモラル論」を批判した。彼は学問をしっかりと消化し、再構成し、活用できたから、自分の認識を自分の言葉で表現できた。  以下のエピソードは、その典型例である(石原辰郎「戸坂さんを思う」『…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して11

 さらに上野の「回答」について論じていく。これに関する小文をインターネットで発表すると、幾人かが応答した。発表の場には、VAWWRAC(戦争と女性への暴力リサーチ・アクション・センター)やWAM(アクティブ・ミュージアム女たちの戦争と平和資料館)などのメーリング・リストもあり、その中に上野も加わっていたものがあるが、彼女自身の反応はなく…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して10

 上野は、ベルリンの壁が崩壊し、東欧・ソ連の社会主義体制が次々に崩壊する過程で「マルクス主義」を控えだした。そして、年相応に『おひとりさまの老後』(法研、二〇〇七年)と成熟するかに思えたが、二〇一二年一二月八日付「朝日新聞」別冊掲載〈悩みのるつぼ〉で、「性欲が強すぎて困ります」という一五歳の中学生の質問に、「社会学者」として「経験豊富な…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して9

「フェミニズムの乱流」における“あだ花”  フェミニズム第三波において「支援」を標榜する組織が設定した場で「慰安婦」とされる者が「証言」するようになった。日本ではそれに乗じた者が「慰安婦」をめぐる議論を混乱させ、秦郁彦は『慰安婦と戦場の性』で「フェミニズムの乱流」と指摘した。この点は『慰安婦と兵士の愛と死―限界状況において絡み合うエロ…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して8

 バブルは経済だけでなく心理社会的にも影響が多大で、慾望が膨張した。これにフェミニズムの女性解放に絡む性の解放も加わり、欺瞞・偽善が無節操になった。  この典型例が、小熊が『1968』下巻p.712で「京大全共闘の活動家だった」という上野千鶴子である。彼女は『女遊び』(学陽書房、一九八八年)や『スカートの下の劇場―ひとはどうしてパンテ…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―ノンセクトで「ノン」ラディカルについて

 全共闘運動では党派に属さないノンセクト・ラディカルが伝えられているが、ラディカルではなく、当然、ゲバルトを呼号する新左翼諸セクトに属さないノンセクトもいた。  それは、流行に乗った野次馬でもなかった。  このような者たちを、集団を成していなかったが、私は“ノンセクト・ノンラディカル”と捉える。  しかし、全共闘運動がマルクス・レ…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して7

 1970年代半ばの東大文学部社会学科について、2020年で振り返ると、以上のようであった。  全共闘はゲバルトの立場を選びとった故に、市民社会から遊離していた。そして、教員も学生も全共闘に大きく影響されたため、社会学科の学風から実証的調査研究が失われていた。  これに気づいたのは、私が東大セツルメントの研究からであった。1950年…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―谷川雁と吉本隆明

 ノンセクト・ラディカルにおけるオピニオンリーダーに谷川雁と吉本隆明がいたが、1970年代半ば、私の知る限り、谷川は語られていなかった。吉本の名前は「ヨシモトイズム」、「吉本主義」とともに出されることがあった。私は初めはヤマギシズムと似たようなものかと思っていた。いずれも不勉強であったためである。その後、吉本の本をいくつか読み、確かに頭…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して6

現象学的社会学をめぐり  高橋や見田の「ゼミ」では現象学的社会学について報告した学生がいた。富永のゼミ(出席者は七、八名で文字通りゼミ)では,一人、「実は現象学的社会学を研究したいが構造機能主義じゃないとだめだから」というのがいた。  当時、私は現象学について辞書程度の知識しか持ち合わせていなく、「ゼミ」での報告も、高橋や見田のコメ…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して5

 高橋徹は授業で専ら「カウンター・カルチャー(対抗文化)」について語っていた。学歴主義の頂点における強大な文化資本の中で対抗文化を論じることは、やはり荒唐無稽であり、欺瞞・偽善である。  私が文学部に進んだ1975年、高橋は全共闘について積極的に発言することはなかったが、「スチューデント・パワー」には言及していた。  1968年、高…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して4

48-9年後の「見田さん」、及び「朝日新聞」 ①  「朝日新聞」2016年1月26日夕刊「(人生の贈りもの)わたしの半生・社会学者・見田宗介・7・78歳」で、見田は「1973年から4年近く、主にインドや中南米を放浪したのですね」という質問に「全共闘と議論しているとき、僕が基本的には擁護していた近代世界というものを一度離れ、相対化して…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して3

 見田宗介は人気があり、「見田ゼミ」と呼ばれていた授業は、参加者が30名を超えていた。「見田さん」を全共闘運動の敗残兵のような院生や留年生が囲み、その傍に女子院生・学生が控え、それを受講生が見守るという構図は、あたかも教祖、側近、女官、信者のようなグループ・ダイナミクスを感じさせた(この一端は『アイデンティティと時代』pp.127-12…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して2

 吉田について、毎週、レジュメなど全くなしに1時間50分も講義していたことを『アイデンティティと時代』p.115で述べた。彼は全共闘系と富永の間に位置し、日本共産党・民青系については不明だった(私の周囲ではそのように見なしていた)。  吉田を、河村望が批判しており(河村訳『精神・自我・社会』人間の科学社、1995年、pp.409-41…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―ゴリについて

 2012年3月21日、オニギリ(亀有セツルのセツラー)はメールで、以下のように述べた。  本日大学にて、ご著書拝領。20:30頃大学を出て(通勤1時間半)、夕飯食いながらも目を離せず、たったいま読了。たいへんなつかしく読みました。自分(オニギリ)をなつかしく読みました。  セツルに関しても山田さんに関しても,いろいろ分からなか…

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日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート―東大文学部社会学科に即して1

 文学部社会学科は東大全共闘の拠点の一つであった。私が在籍したときも全共闘のシンパが多く、日共民青は「地区民」の私だけだった。  先に折原について述べたが、他の教員について加筆していく。  『アイデンティティと時代』p.163で富永健一が「新左翼系の学生にキャンパスを引きずられて赤門から放り出された」と書いたが、その一人は「四トロ」…

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