社会教育の経営・生涯学習の支援のために(ノート)22

承前
3.近畿圏社会教育主事講習のアクション・リサーチから

 社会教育主事講習は文部科学省から委嘱され毎年各地で実施されている。近畿圏では大阪教育大学、京都教育大学、神戸大学、滋賀大学、奈良教育大学、和歌山大学が持ち回りで開催してきた。令和元年度、大阪教育大学は6月27日から8月23日にかけて三週間のプログラムで実施した(詳しくは『大阪教育大学社会教育主事講習テキスト』参照)。
 これは現行のカリキュラムに基づいているが、来年度から施行される「社会教育経営論」や「生涯学習支援論」を見据えて、内容を適宜関連づけた。私は運営委員の一人として「現在は過去に規定されるが、未来は全て決まっているわけではない。より悪くせず、より良くすることに努めるべきである。その積み重ねが地域の活性化、さらには教育再生、日本再生に結実するであろう」との自覚を以て準備し、開講式では次のように述べた。

 地域を、関西を、日本を、世界をより良くしようとの気概を以て受講していただきたいと思います。私もただ激励するだけでなく、みなさんの努力に励まされ、さらに頑張る所存です。
 30年後、「あの令和元年=2019年の社会教育主事講習があったからこそ」と思えるものにしましょう。

 講習を実践する過程で、この内容は改元の年に相応しく画期的になると考えるようになった。当然、自画自賛を戒めていたが、尚もそのように考えたのは、社会教育演習における受講生の発表の時であった。この演習では、受講生を小集団に分け、共同研究を進め、その成果を全体で発表し、みなで共有した。それに斬新なものが多かった。
 まず、学社連携の共同研究がいくつもあった。生涯教育は社会教育・学校教教育・家庭教育を包括しており、これにふさわしい演習であった。ただし思春期の中高生にとって極めて重要な性教育が取りあげられていなかった。そのため講評では「チーム学校」に即してソーシャルワークや補導との連携でこの課題に取り組むべきことを提起した。当然、学校教育や社会教育に止まらず社会福祉、警察、保健衛生、NPOなどいくつもの部門や機関に関わっており、実践するためには、連絡調整、人員配置、予算措置、安全保障のための危機管理などを総合的に進めなければならず、それに見合った経営能力が求められる。
 次に、グローカルな視座から安全を社会教育に位置づける共同研究も多かった。それは、かつて若者組・若衆宿が洪水や山火事(防災)、村内の破落戸(ごろつき)、阿婆擦(あばず)れ、ヤクザの抑止や制裁(防犯)、盗賊との戦い(防衛)を21世紀の現在において、より高次な形態で発展させるものと認識した。宮原誠一の教育の「原形態」としての社会教育、近代の制度化された学校教育、それを超えた高次な「原形態」としての社会教育という教育史観(★小著『平和教育の思想と実践』同時代社、2007年で論じた)を応用して現代的に表現すれば、社会教育における安全の定置となる。
 また、税制や行財政と社会教育に関する共同研究もあった。管見ながら、社会教育に限らず、教育全般において税制や行財政、そこにおける金銭の動く過程へのアプローチは少なかった(あればご教示を願う)。「社会教育経営論」新設を契機に、この点を克服していかねばならないと考えており、それに合致する共同研究であった。
 他にも意義ある共同研究がいくつもあった。それらは『大阪教育大学社会教育主事講習研究集録』としてまとめるので、これを参考にしていただきたい。

4.「サポート・バット・ノー・コントロール」から「サポート・ナンド・セルフ―コントロール」へ

 教育行財政の研究において、五十嵐顕は「教育費」の認識と自己教育の意義を論じた(この点は『平和教育の思想と実践』第五章で詳論)。これに注目するのは、彼が軍事まで見据えて教育費を切口に経済的搾取や政治的支配の問題に迫り、それを廃絶する実践として自己教育を提起したからである。だが、これに呼応し、地域で教育費や行財政をテーマに自己教育を進めるような実践は為なされなかった。確かに教育費の軽減に取り組む運動などはあったが、経済や経営の角度からの分析能力を高めるような自己教育は弱かった。
 また藤田秀雄は1950年代後半の社会教育法の大幅改定をめぐる議論において「サポート」と「コントロール」の関連性を考察した(★碓井正久編『社会教育―戦後日本の教育改革第十巻』東京大学出版会、1971年、第二章)。これは民間組織への補助金支出、公費助成に関わっていた。
 即ち、藤田は「サポート」と「コントロール」の関連性を1950年代後半に起きた社会教育法の大幅改定をめぐり高まった議論に即して実践的に考察した。その議論は主に①社会教育関係団体に対する補助金支出を禁じた第13条を削除する、②社会教育主事資格の取得条件を緩和し、文部省や都道府県教育委員会等で行う社会教育主事講習修了者で都道府県教委が認定した者も資格が得られるようにする、③社会教育主事を市町村で必置とする、④社会教育委員が青少年教育に関して指導・序言できるようにすることをめぐって交わされた。★藤田秀雄、大串隆吉編著『日本社会教育史』エイデル研究所、1984年、pp.265-267。
 そして、1958年の第30回国会において「社会教育法等の一部を改正する法律案」が政府提案により提出され、まず参議院で審議が開始されたが、裁決に至らぬまま継続審議となり、翌59年の第31回国会で可決成立し、4月30日から施行された。この過程で、日本社会教育学会は、1958年10月11、12日の第五回大会(福島大学)において特別委員会の設置を決議し、同委員会は同月15日に「社会教育法改正法案に関する報告」を発表した。そこでは、文部大臣が社会教育主事講習を実施し、社会教育委員が青少年教育に関して指導・序言することは国家や官僚の統制を強め、また、社会教育法第13条の削除もこれに関連し、しかも憲法第89条(公の財産の支出利用の制限)との関係において重大な疑義があるなど表明されていた。
 確かに、社会教育主事の市町村必置や資格取得条件の緩和は職務・身分の確立や社会教育の振興に資するが、それは制度化による上意下達ではなく、生成的で自発的な下意上達が重要である。ただし、その資格の認定には規準が必要であり、単純な下意上達ですませてはならない。規準の設定も、資格の認定も公平に為されねばならず、その手続きは民主的であらねばならない。
 また、補助金(サポート)により官製の社会教育が押し進められれば、国家の統制(コントロール)が強まる。しかし民主主義が堅持されていれば、補助金を含めて予算の編成は議会で審議されるのであり、補助金と統制を直結させるのは短絡的である。ところが、当時の憲法第89条。及びそれに基づく社会教育法第13条の解釈はそのようであり、そのため「ノー・サポート、ノー・コントロール」とされていた。従って、このレベルを乗り越えていくことが求められ、「サポート・バット・ノー・コントロール」が提起された。これはただ統制なしに補助金を獲得するというのではなく、予算の編成、審議、決定、執行、決算など逐次監査・評価する経済・経営の民主主義が鍵となり、それを実践し得る力量が必要であり、そのための教育は自由な発達が尊重される自己教育となる。
 そして「サポート・バット・ノー・コントロール」は藤田に由るとされたが(碓井の大学院ゼミでの発言)、藤田自身は「あれは米国の考え方で、それほど単純ではなく、さらに乗り越えなければならない」と私に語った。実際、直接的なコントロールはなくとも経済的な利益誘導は可能であり、「サポート・バット・ノー・コントロール」はこの問題を看過せしめる。また「サポート」を受ける者としての主体性が求められ、「ノー・コントロール」で終わらず、自分たちで「コントロール」できるようせねばならない。そこには矛盾があるが、これが絶えざる変革・革新の要因にもなる★なお「社会教育の経営と戦略―持続可能な個人の発達と地域の発展のために―」『社会教育の経営・生涯学習の支援(ノート)―社会教育士に期待される役割を展望して―』(秋田平和学習センター、2019年も参照)。
 自分たちによる「コントロール」は「セルフ―コントロール(自己/自主管理)」であり、これを実践するためには、それに相応しい力量が求められ、それを獲得するための教育は自己教育であらねばならない。
 以上から、私は「サポート・アンド・セルフ―コントロール」を導き出す。これは、ユーゴスラヴィアの自主管理(セルフ・マネジメント)の研究に立脚している。その成果の一部は以下の論文で発表した。

「ユーゴスラヴィアの自主管理社会主義と成人教育―日本の生涯学習システムとの比較から―」『諸外国の生涯学習・叢書生涯学習第九巻』第三章、雄松堂、1991年
「生涯教育とアンドラゴジーの概念におけるユーゴスラヴィア自主管理社会主義思想の位置―社会教育概念の自主管理的発展に向けて―」『現代社会教育の理念と法制』日本社会教育学会年報、No.40、東洋館、1996年

 また日本的経営における自主管理として自律的作業集団に着目し、その教育・学習の機能を研究した。その成果の一部は以下の論文で発表した。

「労働者教育と自律的作業集団」『東京大学教育学部紀要』第22号、1982年
「現代の労働と学力―地域の教育・学習構造と労働力商品の形成に関する事例研究―」『社会教育学・図書館学研究(東京大学教育学部社会教育学研究室編)第7号』1983年
「労働と学習―抑圧と解放の重層決定的弁証法―」『戦後社会教育学習論の研究(東京大学大学院社会教育学研究』1985年
「高度産業社会における青年労働者の学習」『現代社会と青年教育(日本社会教育学会年報第29集』1985年
「労働と教育・学習の関係における小集団の意義―生涯学習の理念に関するユ-ゴスラビアと日本の比較研究―」東京大学教育学部社会教育学研究室編『社会教育学・図書館学研究』第10号、1987年
「企業内教育研究における自主管理的視点」『現代社会教育の創造』日本社会教育学会30周年特別年報、1987年
「企業内教育における職業教育の動向」『成人職業教育の再編に関する研究』文部省科学研究費補助金研究報告書、1988年
「自己啓発と自己教育、再論―企業内教育の現在―」(『月刊社会教育』1991年2月号、これは宮原編『生涯学習』の藤岡「自己啓発と自己教育」の継承・発展)
「成人の学習をすすめるうえの方法・技術―公共的テーマの学習をめぐって―」共著『社会教育計画』第四章、学文社、1991年
「成人学習における労働とレクレーションの構成連関」『週休二日制、学校週五日制と社会教育』日本社会教育学会年報、No.37、東洋館、1993年
共著「働く成人の生活と学習」『生涯学習概論』東洋館、1992年、第五章
 さらに、ジョン・デューイの実験/経験主義教育、クルト・レヴィンのアクション・リサーチやグループ・ダイナミクス、エルトン・メイヨーのヒューマン・リレーションズ(特にホーソン効果)、そしてドラッカー、アージリス、マズローたちの目標管理、自主管理、経営参加、自己実現などを学んだ。だが、秋田大学に転任し、地域における社会教育、鈴木健次郎の思想と実践、及び日中の歴史の共通認識と平和教育が主たる研究課題となった。ところが、大阪に転任し、近年、社会教育経営論が社会教育主事養成において打ち出されたため、改めて自主管理や日本的経営と教育・学習に関する研究に取り組むべきと考えた。そして社会教育主事講習においてその内容を取り入れ、また小論をまとめることにした。

5.小括と課題―「再分肢」教育と自主管理―

 自分たちで「コントロール」するとは言え、「サポート」における利益誘導に全く影響されないと考えるとしたら、これは愚かな楽観である。そのため宮原教育学を応用し、利益誘導を体制の「分肢」の一機能として認識し、捉え返す自己教育の「再分肢」が求められる。★『平和教育の思想と実践』第五章等。
 私はこの「再分肢」教育を自主管理(セルフ―コントロール/マネジメント)と組み合わせることが社会教育の経営に重要であると考える。これは絶えざる革新・変革の経営にも資する。
 それはさらに「営利」を指向しないNPOの「チーム学校」の役割にも関わるが、この点は別の機会に論じることにする。
            2019年8月31日、香港の情報を追いつつ

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