「コンクール」は「根・狂う」!? ひたむきな小娘を想い出しつつ

 友人のピアノ教師から今や「コンクール」は利権が絡み「根・狂う」と呼ばれていると教えられた!?
 「少年少女はひたむきに頑張っているのでは」というと、「だからこそ困る」という。
 「コンクール」は、私に一つの想い出を呼び起こす。
 1993年の春、小娘のような学生に出逢った。はらはらさせるところが感じられた。
 1995年、卒論の指導を担当するようになった。とても控えめで無口だった。何か話そうとしても「アッ」くらいしか言わない/言えないので、あっけらかんの友人から「アッアッしか言えないんじゃないの」などと言われていたが、何も言い返さなかった。その雰囲気はよくて、お互いに笑いながらだったが、私はそばにいて複雑だった。
 彼女は大学の吹奏楽部でフルートを演奏していた。
 爽やかな秋晴れの日、ゼミが終わった後、彼女の様子からふと「コンサートかい」と口にした。答は期待していなかった。いつも無口だから。ところが「コンクールです」と答えたので、びっくりした。彼女はひたむきに真剣だったのだろう。
 彼女は声がハスキーというより、枯れていた。容姿に似合わなかった。以前は合唱部にいたという。思えば、音楽が大好きで、発達途上なのに一所懸命に声を出し、出し過ぎて、そうなったのかもしれない。でも音楽が好きで吹奏楽に転じたのかもしれない。彼女の無口には深い複雑な経験や想いがあるのかもしれない。
 学生の自習室から音楽が聞こえてきたので、入ってみると、CDラジカセから流れていた。何気なく「ワーグナーかい」というと、隅にいた彼女が「マイスタージンガーです」と即座に答えた。彼女が友人たちに聞かせていたようだ。
 私はやはりビックリした。無口だけれど、ちゃんと聞いているのだと分かった。でもそれ以上は続かなかった。
 東大、秋田大、大阪教育大などの学生自習室に関わってきたが、そこでワーグナーを聴いたのはこれだけだ。
 彼女のパトスを思わされる。彼女の卒論のテーマはナチズムと教育だった。1997年1月、心に刻むアウシュヴィッツ秋田展があり、東京から来た専門家に提出したばかりの彼女の卒論を読んでもらった。「学生のレベルとしてはいいんじゃない」という評価だった。
 後の祭りだが、「もっと語りあえたら」と思わされている。彼女の声はあれくらいしか記憶にない(ゼミ報告などは全く忘れた)。
 今、秋田で中学校の教師として頑張っているようだ……

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