慰安婦と兵士の愛と死―限界状況において絡み合うエロスとタナトスの心理歴史的研究―第5章第5節(2020/6/27)

第五節 中国人慰安婦と日本兵
第一項 張沢民と佐田/張玉芝(朱愛春)と田村
 代表作とされる「肉体の悪魔」(一九四六年)の表題には「張玉芝に贈る」という副題が付され、さらに、田村は「張玉芝(チャンユイツ)は実在の女性である。作中のヒロイン張沢民(チャンツミン)は、張玉芝そのひとではないが、張玉芝の人柄と行動を、かなり事実に即してなぞったものである」と述べている(「第五図 破壊された女」(一九六四年)『田村泰次郎選集』第二巻、三三六頁)。尾西は『田村泰次郎の戦争文学』の写真の二〇頁や本文一四〇~一四三頁で張沢民・張玉芝は朱愛春であったと論じ、川西も『文士の戦争、日本とアジア』六四~八七頁で再確認している。朱愛春が「化名(変名)」の張玉芝しか田村に明かさなかったとしたら、それは彼女が愛慾の裏に抗日意識を秘め続けたことを意味し、二重スパイであったことの補強になる。ともあれ、田村は日本兵佐田と張沢民の愛憎を活写する。そして張沢民/張玉芝/朱愛春は兵士の愛人であり、広義の慰安婦であることが分かる。
 また「檻」は「春婦傳」から三カ月後、一九四七年八月に発表され、やはり「張沢民」と「佐田」を軸にストーリーが展開する。量的比較では『田村泰次郎選集』第二巻で「肉体の悪魔」は八四~一二〇頁、「檻」は二三〇~二四六頁であり、三六頁と一六頁で「肉体の悪魔」は「檻」の倍以上である。このように発表順や字数でみると、「檻」は「肉体の悪魔」の補論のような位置づけになるが、後者では書き得なかったことを前者でようやく達成したとすれば、その重要度は軽視できない。さらに「佐田」が両作品で共通していることから、「檻」でも張玉芝/朱愛春と田村のリアリティを読み取ることができる。

第二項 「肉体の悪魔」―エロスとタナトスのデモーニッシュな絡みあい―
(一)「かなり事実に即してなぞった」という内容
 書き出しは「君をはじめて私が見たのは」であり、全体と通して「私」や「君」が主に使われている。これは文学的な効果を企図しただけでなく、「張玉芝に贈る」の副題のとおり、彼女に向けて書かれたためと考えられる。それは、不特定の読者に対して作者が直接体験したことを書き綴る私小説というより、何より「張玉芝」を想定したメッセージと捉えられる。
 そして「張玉芝は実在の女性である」ことから、彼女が読んでも嘘だと非難されない内容、即ち「かなり事実に即してなぞったもの」が書かれていると考える。確かに尾西が「解題」で「この内容がすべて実際にあった出来事と判断するには早計に過ぎよう」と指摘しているとおり(『田村泰次郎選集』第二巻、三六七頁)、資料批判が必要だが、愛と死、エロスとタナトスに深く関わる内容が全く事実とかけ離れているとは言えない。もしそうであれば、それができる者は虚言症に罹っていると見なさざるを得ない。しかし、田村は虚言症ではない。むしろ真摯な自己分析をいくつも示している。従って「肉体の悪魔」は「かなり事実に即してなぞったもの」と捉えられる。

(二)侵略者=民族の敵かつ愛人
 主人公(私)は「中央軍二十七軍」を追撃するが反撃され、「何とも形容を絶したような凄い死闘」に巻き込まれ、そして「看護婦」と自称するが明らかに共産党員と思われる女性兵士の「俘虜」と出会い、「惹かれ」た。それは、彼女の「つめたい眼の光り」、「つめたさ」を受けることで生まれた情感、「想像」、「勝手な期待」で、「自分の内部のどこかにある、戦争そのものの根元的な罪悪に対する人間らしい否定を、外部に具体化して、私自身とむかいあわせてみたいのではないだろうか」と自己分析する。
 他方、張沢民は「日本人は中国人を殴る、中国人は黙る、――けれども、中国人の腹のなかでは、日本人は一層悪者になる、――そして日本人はますます中国人を殴らねばならぬし、中国人はますます日本人を憎まねばならないの」と非難する。そして「私」は、自分が中国人にとって「憎しみと呪いの対象である『日本鬼子(リイベングイズ)』」であることを自覚するが、彼女の「軽蔑と敵意とで、妖しくかがや」く眼差しに「何か運命的のような厳粛な衝撃」、「戦慄」を「覚え」、「胸がかあっと熱くなって、眼には涙さえたまった」。
 このように愛憎が増幅する悪循環の絶望的な限界状況で、二人は愛慾に駆られ「肉体」を交合する。だが、皇軍兵士と中国共産党員兵士の間で、この熱情の達成など「絶望的」である。ところが、「私」は「絶望であればあるほど、かえってその絶望は一層私自身の執着を狂おしいものにするのみであった」と自己分析する。

(三)二重スパイの両面工作、ハニー・トラップ
 二重スパイの可能性ついては既述した。これを踏まえてさらに考察を進める。張沢民は初めは「看護婦」と自称するが、兵士・党員であることが分かった。その言動が「剿共指針」の中の「共産党員識別法」に「該当」していたからである。それによれば「共産党員はどんな烈しい追求(ママ)を受けても、自分が共産党員であることを自白することはまれであるとも記されていた。何故ならば、共産党員であることを自認することは、日本軍の手中に於いては、自分から自分を殺してくれというに等しいと信じられていたからである」と書かれている。これは、自白が全く考えられないから「識別法」により党員に「該当」すれば処分するということを意味する。
 しかも、張沢民は、佐田と親しくなると「河北省清豊県の女子師範の学生」だったが、盧溝橋事件が勃発し、日本軍が「郷里まで進出して来たので、民族的憤激に燃え」、「急進的な教師につれられて太行山中に分け入り、八路軍に参加し」、「晋冀魯豫辺区地政府教育庁にはたらいていた」などと、彼女「自身の口から自然に」話した。既述したとおり「晋冀魯豫辺区」は中国共産党の「解放区」であり、太行山は革命「根拠地」の一つであった。
 しかし「民族的憤激に燃え」、さらに共産主義を信念とする党員が「自然」に自分の経歴を語ることは考えられない。しかも佐田は異民族の侵略者、帝国主義の敵である。その経歴が事実か、偽りかに関わらず、いずれにせよ意図、策略があるからこそ、敵に知らせる。
 そもそも党員=革命家は全生涯を革命に捧げるのであり、日常生活の隅々まで革命的であらねばならない(ニコライ・オストロフスキーの『鋼鉄はいかに鍛えられたか』は象徴的で、この点は後述)。そして、党中央はそのように指示し、党員は常に自己批判・相互批判しなければならなかった。このような共産党員が日本兵に、自分に不利なことを進んで語ることはあり得ない。
 さらに驚くべきことに、共産党員であることが明白になったにも関わらず、彼女は自由に行動し、優遇された。その上、彼女を中国「民衆宣伝」のための「劇団でつかえ」という指令が下った。信じがたいが、フィクションではなく、「事実に即してなぞった」ものであることから、日本軍は彼女の正体を見抜きながら「泳がせ」て利用していたという解釈が導き出される。それは中国共産党との内通にも利する。「肉体の悪魔」では、彼女が「中共の組織につながっていないにしても、そのうち機会があれば連絡をつけるかも知れない」、「直接潜り込んでいる工作員だってきっといますよ」、「彼女たちがいつも遊びに行く県公署や新民会あたりにも中共の党団があるかも知れないさ」などという会話がある。末端でこのように見ているのであるから、諜報部門が注意していないはずはない。
 さらに「中共地区から来た男」で、「日本憲兵隊の密偵をしていた」者(陳)まで現れ、彼は、彼女について「あの女は、用心した方がいいですよ」、「この部屋にはいって来たとき、口笛で合図しましたぜ」と言う。しかも、そう密告する陳自身、「口笛の合図」に答えなかったと言いながら、実は口笛を吹いていた。そして「陳はすでに密偵独特のいわゆる両面工作をはじめている」と記している。
 さらに、彼女は「私」とともに村の「調査」に行ったとき、密かに離れて「裏山を登って行」こうとした。これに対して「私」は、彼女が自分を捨てて昔の「恋人のところに帰って行くのだと思」い、裏切られたと「かっと」なり、拳銃を出し、引き金を引こうとしたが、彼女は「くるりと」向きを変え、「じっと私の手もと」を見つめ、「まもなく駈け降り」、「物凄いいきおいで私の方へ飛び込」み、「いきなり泣きはじめた」。なお「自筆草稿」では撃ったが、それとの比較考察は後で行う。
 その後で、彼女は「あなたの弾丸にあたって死ぬつもりだった」、「好き」だ、「魅力がある」などと説明するが、それは「あなたはもうすぐ太平洋で砲灰になるか、水鬼となる可哀そうな生命」だからで、最後は「日本帝国主義は私たちの永遠の敵」であると明言する。全く矛盾しているように見えるが、彼女が優秀なスパイであれば、最後の明言が本心で、それ以外はスパイ工作のためであること解釈できる。しかも、背後から銃口を向けられたことを察知しても、落ち着いて「くるりと」向きを変え、「じっと私の手もと」を見つめ、「まもなく駈け降り」、「物凄いいきおいで私の方へ飛び込」み、「いきなり泣きはじめた」とは、肝が据わった筋金入りの、しかも魅力を最大限に活用する一筋縄ではいかない最優秀のスパイである。
 それに比べて、「私」は復員後、敗戦の「街角で立ちどまり」、「夏空を見あげ」、彼女の「肉体」が「青空のなかで燦爛とうねり泳ぐ」の見、「呼びかける」。まことに魯迅の「日本人がまじめすぎるのに、中国人がふまじめすぎるのです」(先述)を想わされる。
 田村自身が宣伝班という情報関係部門に配属されていたことを考慮すると、ハニー・トラップの謀略が山西の日本軍情報機関に対して為されていたのではないかという問題が出て来る。山本によれば一九四〇年九月の「支那側ノ我ガ軍隊ニ対スル思想工作ノ状況」(アジア歴史資料センター資料番号C11110754700)には“「エロ」工作”が明記されている(前掲「野坂参三の『延安妻』―毛沢東が用意した“秘書”」五七頁)。
 さらに考察を進めるため、私=佐田=田村が「君の肉体や感情は古い封建の中にあり、君の知性は現代にあった」と述べる点を取りあげる。「古い封建」ならば禁欲的な封建道徳を思うが、この文の前に「祭壇の炎に自分の肉体を燃えあがらせて、自分の内部の邪悪なものを焼き亡ぼそうととする印度のある宗教の修道者のような厳しさと必死さ」が張にあったと記しており、それが「古い封建」とされている。そして「(当時の時点の)現代」の「知性」はマルクス主義や毛沢東主義である。この二者の「断層」の中で張は葛藤し、苦悩するというのである。これに加えて、彼女の二重スパイとしての緊張感や苦悩を私は洞察する。
 だからこそ「君(張)には私の肉体が、ときに憎むべき悪魔のような存在に思えることもあったにちがいない。それと同時にそういう悪魔に自分のすべてをゆだねなければならぬような自分自身の心の動きを、自分自身の肉体を、君はどんなに憎悪しつづけたことであろう」と想う。作品名「肉体の悪魔」に合致しており、その本旨が集約されていると言える。
 これは、張が中国共産党員でありながら侵略者の日本兵(田村自身「日本鬼子」と表記)と性交し、しかも「四肢が慾情にわなないて、のた打ちまわる」程の絶頂に達する中で尚、共産党員の二重スパイとして敵意が奥底に伏在していたことを思わしめる。少なくとも行間、紙背から読みとれる。
 佐田も「私の肉体はもうどうにもならぬ情熱に喘ぎつつ、がむしゃらに君の肉体を求める」が、同時に「私自身の魂の奥底にある君に対する民族的なひけ目――それは普通の人々は優位として考えられるものだが――そのひけ目」も感じる。優勢な武力で進駐する日本軍の優位性が却って「ひけ目」となるという点に、批判的知識人の葛藤、苦悩がうかがえる。
 また、佐田は、張を無視しようとして、休日には「洗いたての軍衣袴を身につけ、軍靴を磨いて、いそいそと」外出し、「中国や朝鮮の娘たちのいる家を片っ端から覗いて歩き、ひっぱり込まれるままにそんな場所で時間を過ごした」。未熟な若者の所業である。
 なお、佐田が「そんな汚れた女の床の上でも、君のことを考えた」と述べている点は田村の限界である。当然「汚された」という被害こそ認識すべきである。これを考慮した上で、佐田の「床の上でも、君のことを考えた」という吐露に注目すべきである。それは、佐田の張への愛慾が売買春の次元ではないことを示しているからである。

(四)戦場における情報戦
 部隊には陸緑英という女性共産党員の「女区長」で、俘虜になったが「これもその点はぼかしたままで(略)一緒に仕事をしていた」者がいる。彼女は、日本軍兵士に中国共産党の統治する解放区、革命と抗日戦争の根拠地たる「晋察冀辺区の演劇運動」や「日本人反戦同盟晋察冀支部の劇団」を話し、それは「どれ一つとして私たちの幻想を刺戟する話題でないものはなかった」という。さらに陸は、八路軍では合唱が盛んで、至る所で歌声が「湧きおこり、それぞれが反響しあって、太行山という大自然を舞台とした一大交響曲のように聞かれる、それが太行軍区の朝の挨拶である」など語り、日本兵は「生活力に溢れた自由な軍隊の雰囲気が感じられ、日本軍の窮屈な軍規というものに縛られている私たちには、まるで別の世界のように思われた」と想わされた。
 しかし、これこそファンタジーである。八路軍の兵器は貧弱で、奇襲攻撃のゲリラ戦ができる程度であり、周囲に存在を明らかにする程の「合唱」など不可能であった。八路軍が村やその近辺にいると分かれば、――たとえ日本軍が内通で黙認しても――国民党軍や軍閥の標的になるため、当然、村人は止めさせ、それでも「合唱」すれば、当然、支持を失う。せいぜい周囲に知られないように部隊内で「歌声」が「朝の挨拶」になっていた程度と言える。だからこそ、田村は「幻想」という言葉を使っている。つまり、陸という中国共産党員のプロパガンダをリアルに記述しつつ、それを信じ込んでいないことも示している。

(五)中国共産党に憧れる日本兵と天皇共産主義
 だが、プロパガンダを信じる者もいる。佐田にもその傾向があるが、前山はより強い。相関して、日本軍に対して佐田は批判的で、前山はより強い。前山は日本軍から逃げだし、八路軍に加わりたいと望み、また中国共産党が日本軍に工作員を送り込んでいるという「考え方をするのがたのしいらしかった」。彼は「日本は太平洋に於て必ず負ける」さえ言った。佐田はこれ程ではなかったが、そのような会話ができる程度の批判的な意識は持っていた。これは驚くべき事である。
 国内では既に日本共産党は潰滅されたが、それに止まらず、大日本帝国の特高警察と憲兵は自由主義者、民主主義者など総力戦体制にそぐわない者たちを徹底的に弾圧した。ところが、国外の、しかも戦場の皇軍の中で、このような状況があったのである。しかも、それは田村の誤認や「デフォルマション」ではなく、むしろリアリティの反映であった(天皇共産主義の現象形態と言える)。
 無論、前山は、次に論じる中国共産党と日本軍の内通において、陸緑英や張沢民とともに「泳がされ」、利用されていたと考えることもできる。佐田たちは国民党軍の「機密文件の整理を命ぜられていた」。日本軍が中国語を母語として微妙な意味あい・ニュアンスまで読みとれる中国人を利用して国民党軍の「機密」を知るだけでなく、中国共産党員の張たちも、敵である国民党軍の機密を入手できることになる。日本軍にとっても、中国共産党軍にとっても、敵(蒋介石の国民党軍)の敵は、身方でなくとも、利用できる(前山は秘かに同志と憧れていたが)。このような暗黙の内通の接点に前山がおり、彼の動向を監視すれば、中国共産党のプロパガンダも、それに影響された日本兵が出るかどうかも察知でき、予防できる。
 このようにして特務機関の最前線で「両面工作」が交錯していた。

(六)日本軍と中国共産党軍の内通―「肉体」と心のデモーニッシュな絡みあい―
 共産党員の張沢民が佐田と交わり、「太行山脈の峻険を日に十里の行軍をすることができる」ほど「筋肉の十分に発達した四肢が慾情にわなないて、のた打ちまわる」ようなエクスタシーでは、策略など忘れても、そのように日本兵と交わることが策略であると言える。即ち、日本兵を心底から籠絡することである。勿論、たとえ強固な革命思想を持っていても、強烈な快楽を共にすれば葛藤する。それが「ノート」に「生き方」や「環境」に関して「落伍者」、「堕落」と「大分悩んでいる」という記述になって当然である。なお、彼女は「ノート」どころか「机」まで持つほど優遇されていた。
 さらに「女区長」であった陸緑英についていえば、先述の張と佐田が激しく交わった時に、陸は「隣室」にいて、それを「わかっていたと思う」が、翌朝「いつものように何喰わぬ顔をして」挨拶した。しかし、共産党員が、同じ共産党員が敵の兵士と「のた打ちまわる」ように強烈な性交をしながら、それを黙認・追認することは考えられない。当然、俘虜の立場で敵の佐田を非難することなどできないが、張に対しては違って当然である。しかしストーリーから、これは読みとれない。
 むしろ、張が確かにスパイとしての任務を遂行しているか―敵を籠絡させるためにこの上ない絶頂に導いているか―を冷徹に監査していたと解釈する方が妥当である。それは性愛さえも階級闘争の手段としたことである。これもまことにデモーニッシュであり、「肉体の悪魔」のとおりである。
 また、日本軍は、このような陸緑英を黙認している。やはり内通の故と言える。

(七)殺人と紙一重の差の限界状況
 既述したとおり「自筆原稿」では、脱走しようとする張沢民を、佐田=田村は「恋人のところへ帰」り、「私を捨て」ると思い、彼女の「左の上膊」を実際に拳銃で撃った。そして「工作員や特別工作隊の者たちが、銃声を聞いて走って来」ると、彼は「暴発だ。――暴発だ。何でもない、何でもないんだ」とごまかし、彼女をかばう。結局、定稿はそうではなく、佐田=田村は発砲しなかった。いずれがリアルであるのかは不明だが、その差は紙一重であったと言える。
 その上で、尾西が定稿の「彼女を撃とうとしたときに彼女がふり返ったというのは、かなり無理のあるクライマックスのように思われ」、没にした稿の方が「自然な展開である」と述べている点を考察する。「自筆原稿」に従えば、佐田=田村が「上膊」を撃ったのは、殺さずに脱走させず、しかも「暴発」としてかばうことができ、彼女を現状のまま自分のもとに置ける。これは「男性のエゴイズム」としても筋が通る。そして、これだけ射撃も上手であったとしたら、田村=佐田は優秀な兵士であったことになる。しかも「特別工作隊」とも関わっていた。
 これらは田村がかなりデモーニッシュな任務に就いていたことをうかがわせる。だが、そうであるとすれば、彼の「暴発」というごまかしなど通じない。従って張沢民をかばうこともできない。後述するように、「破壊された女」では彼女は陸閭(やはり元女区長)とともに太原へ送られる。これは上級機関による審問と処分を示唆している。
 そして、軍の実状を知る者が読めば、没にした「自筆原稿」からは、このような結末は容易に推定できる。だからこそ、田村は定稿に書き換えたと解釈できる。だが、撃ったと撃とうとしたが止めたかの差は紙一重で、「定稿」のとおりであっても、もはや彼女をかばいきれない状況に至ったと考えることもできる。彼女からみれば、だからこそ脱走しようとしたのである。このような限界状況において田村=佐田は愛する張沢民に拳銃を向けたのである。

(八)「失われた時」への痛恨や詠嘆
 「肉体の悪魔」の結びでは、佐田=田村のいた兵団は沖縄に転進し、張沢民が言ったとおり「全部砲灰と化し水鬼に化し」たが、彼だけは大陸に残され、生き延びて、「焦土となった故国に送り帰され」、「敗戦の街を歩」き、「虫けらのような娘たちが戯れている姿」を眼にする。「肉体の門」への繋がりが示されている。そして、彼は「亡国の関頭ににあって、私はようやくあの頃の君の心の苦悩がわかりかけている」と述べ、「崩れた街角で立ちどまり、私は夏空を見あげる。君の肉体が、青空のなかで燦爛とうねり泳ぐ」のを見、呼びかける。このような結びは悪魔的ではない。だが「破壊された女」では異なる。次に両者を比較する。
 「肉体の悪魔」の別れの場面では、「私は君を機関車の石炭の上に乗せた。……ほかの住民たちに交って、ちょこなんと座った君の姿は、極めて普通の娘だった」と書かれている。「破壊された女」では「太原の第一軍司令部の対共調査班に、洲之内徹が高級軍属として勤めていて、俘虜たちをあつめ、対共調査の仕事をしていた。張玉芝と、元女区長の陸閭はそこに送られることになり、……太原行きの汽車に乗せた」と書かれている(なお陸閭は洲之内の「棗の木の下で」のヒロインとなる)。
 「両面工作」の二重スパイを「普通の娘」として放免することは考えられず、彼女たちはより高度な、従って困難な任務を課せられることになると推論できる。ますます対日協力を強いられることになり、それは中国からみれば裏切りの度合いがひどくなることである。
 或いは品野が『異域の鬼』一八六~一八七頁で記した「美人」女スパイが捕らえられ、拷問され、さらに司令部まで連行され、「そこでも調べられ銃殺された」ことと同様になったとも考えられる。いずれにせよ凄惨な結末である。
 そして、田村は「戦後、破壊された心」を「古びた軍服につつんで、焦土の祖国に復員した」と述べる中で「破壊されたのは、彼女だけではなかった」とも加える。ここで注意すべきは、彼女には「破壊された」だけで、「破壊された心」と「心」を付けていないことである。
 「破壊された女」が発表された一九六四年には、中国共産党と中華人民共和国は反革命鎮圧運動、反右派闘争などの政治運動で戦中の漢奸(対日協力者)を徹底的に追及・処刑したことが知られるようになっていた。情報関係の任務についていた「古参兵」の田村が、これを知らないはずはない。一九五五年の藩漢年事件を踏まえれば、張玉芝は「心」だけでなく「肉体」までも「破壊された」であろうと田村が推測して当然である。張玉芝=朱愛春は藩漢年のような指揮命令する階級ではないから処罰されないだろうとは考えられない。一党独裁体制下では末端まで徹底的に追及される。しかも日本軍との内通は中国共産党にとって絶対に知られてはならないタブーであり、彼女の存在自体が体制にとって危険なのである(これは通化事件にも関わる)。
 しかも田村は「破壊された女」で「彼女との隠密の愛情にいささか重荷を感じていた」と吐露している。別れにより、自分は重荷をおろせ、しかも生きながらえた。しかし、彼女は違った。これを思う時の田村の痛恨や罪悪感は如何ばかりであったかと思わされる。原田が「ヒロ子のさげすみに満ちた憎しみ」を感じたと田村が書いたことの意味は深長である。『蝗』「後書」で記した「他人に知られたくない卑怯さ」も重い。
 それ故「内容がすべて実際にあった出来事と判断するには早計に過ぎよう」(先述)と注意するだけでなく、書かれなかった重要なこと、書けないほど重く苦しいことについても考える必要がある。これは田村や張の裏を覘くような下劣な思いからではない。書き得ないほど悲惨な運命を洞察し、二人がそれに挑戦したことに偉大を見いだすためである。それは、田村が「張玉芝に贈る」と記し、佐田が夏の青空に張が「燦爛とうねり泳ぐ」のを見たことの本懐に通じるであろう。

第三項 「檻」―「世界―内―存在」の活写―
(一)「あはれ」
 書き出しは「その女の姿が、私の胸のなかに宿りはじめたことに、自分で気づいたとき、私は自分があはれに思へた」である。田村が佐田に託して吐露した思念と言える。
 「あはれ」は平安文学の鍵となる観念・理念である。これは「肉体」と対極的であり、それを田村が自分に当てはめるのは無理解、荒唐無稽であると見なすのは浅薄である。平安文学を代表する『源氏物語』では性愛が重要な位置を占め、その中で「あは」、「はれ」と悲憫を秘めたしみじみとした情感・慨嘆が表現されている。それは、万葉時代の「孤悲」、室町時代の「秘すれば花」、江戸時代の「葉隠」、「忍ぶ恋」という日本的心性・美的ハビトゥスの形成・再形成に位置づけられると考えるが、この考察は別の機会に行う。
 確かに田村の文学では「肉体」が基調で、しかも直截に叙述されているが、「檻」では佐田が無力な女性俘虜・王小英に手も触れずに立ち尽くした場面が描かれている。そこには「幻想」を打ち砕かれた失望に伴う憤怒を読みとることができ、それは「肉体」の慾動を超えている。だが、このような佐田も思いを寄せる別な女性俘虜・張沢民と肉体関係をもち、それにより彼女は「新しい檻」に移されて、「新しい苦悩」が始まったと述べる。当然、彼女を愛する佐田も「新しい檻」に移され、「新しい苦悩」が始まる。まことに「あは」、「はれ」としか詠嘆する他ない命運である。これについてストーリーに即して論じていく。

(二)「抗大(カンダア)」
 「檻」では中国共産党の「抗日大学(抗大)」がモチーフとなっている。それは「若い中共党員には、どんなにすばらしい憧憬の的であったろう」、「一つの希望の象徴であったようだ」、「抗大(カンダア)という発音を口にするときの、あの昂奮に酔うたような異様にかがやく眼の光や、頬の色」を、佐田は「よく覚えている」と述べている。エリクソンを援用すれば、青年の「忠義」の現れだが、戦時下でより強烈になっている。その頂点に「生神」毛沢東が位置する。従って「彼らは俘虜となったために一応日本軍に協力しているようには見えても、彼らのうちの誰一人として、主義を変えていようとは思えなかった」と田村は見抜く。
 無論、現実は異なり、権力抗争や粛清で異論や批判は封殺され独裁体制が強められていた。文学的リアリティを過大評価せず、批判的に読まねばならないが、「抗大」を「昂奮に酔う」ように「憧憬」していた「若い中共党員」の存在も、佐田=田村が影響され類似した心性を形成するようになったこともリアルである。佐田=田村自身も「中国の知識階級の最高水準を代表している」と評価している(異なる評価を出していない)。この延長に一九六〇年代後半、毛沢東と文革に心酔した日本人の出現がある。逆にいえば、中国共産党の情報統制が極めて厳重であるとともにプロパガンダが強力かつ巧妙であるため、効果的であったのである。
 私=佐田=田村は抗大生を「抗日大学」が「中国の知識階級の最高水準を代表している」と認めるだけでなく、それ「に対する絶望的憎悪」を抱いている。これは根深い複合(コンプレクス)と言える。そのため彼は「抗日大学生の捕捉殲滅」に「夢中」で「没頭」した。この「絶望的憎悪」は、マルクス・レーニン主義、毛沢東主義の思想的水準が高いと考えるが、日本兵の自分は絶対そうなれず、さらに張沢民が「抗日大学」のことになると「眼の色が変る」ことへの「嫉妬」があるためである。そのため、田村=佐田=私は「抗大の行動を捜索するすること」に「偏執狂的な執着と努力」をする。
 マルクス・レーニン主義の評価は、それが科学的社会主義を標榜していることから科学にも関わる。つまり、私=佐田=田村は思想的のみならず知的にもその優越を認めるが、自分は前者の「檻」から出られない。この「絶望」に張沢民との愛慾が「肉体」を以て絡まる。即ち、佐田=田村は思想的知的には敵の中国共産党員に共感し、自分が侵略者の一人であるという罪悪感、それに反対・抵抗できない挫折感を抱き、また抑えられない「肉体の悪魔」を痛感し、それがもたらす汚辱や堕落を感じる等々が反発しながら混在するコンプレクスが読みとれる。
 ただし、それを表現し得たことは、田村が「肉体」の角度から存在の本質を痛感・認識していたことを意味している。

(三)戦時性暴力と立ち尽くす佐田=田村
 日本軍は抗大生の李世寛(男)と負傷した彼に付き添う王小英(女)を捕まえ、佐田は二人を訊問した。二人は夫婦に偽装していたが、実際は、男性に「妻子」が、女性に「良人」がいた。
 二人は抗大生であることを否認していたが、最終的に自供し、「高級司令部」への護送が決定された。そこで処刑されることは明白であった。
 その夜、王小英と李世寛は「檻」、監房(当然、監視・観察される)で性交した。「うめき声が一層高まり、激しくなると……いまにも死ぬような。身体ぢゅうの力を絞ったやうな声を発し、もうここがどこであるかもかまはず、まるで格闘してゐるやうな騒ぎになった」。佐田=田村は「そこに立ったまま、ぶるぶると慄へた。……全身の血は沸き返ってゐた。けれども、それよりももっと大きな衝撃で、私は慄へた。それは恐怖であった。……人間の恐ろしさ、肉体のすさまじさに、私は恐怖を覚えた」。何故なら「抗日大学生といふ誇りを持った知識人」でも、「相当な教養を持った中共党員」でも、このようになるからであった。抗大生は共産党員の中から選抜された「憧憬の的」であり、理想化されていた。李世寛はそのような抗大生で、王小英は抗大「衛生部附の看護婦」であった。しかも二人とも伴侶がいた。
 このような二人が、外から見て聞ける「檻」の中で、獣同然に交合し、よがり声をあげ、エクスタシーでは絶叫した。田村は「男が抗日大学生という誇りを持った知識人」、「女が相当な教養を持った中共党員」でありながら、「そんな後天的な資質や環境を超えて、どうにもならない人間そのもののはらわたみたいなものが、互いに呼びあい、求めあって、からみあ」う状況に直面し、人間の恐ろしさ、肉体のすさまじさに、私は恐怖を覚えた」と書く。
 さらに、王小英は分隊長に強姦された。佐田=田村は王小英が分隊長に連れ出されて犯されたことを知った時、「まさか最後の夜にと、私は油断していた」と述べるように、中国人を守ろうとした。これは一時的な感情ではなく、彼が「裏切られた」(後述)と思った後でさえ、王小英と李世寛が護送で後ろ手に縛られる時、「そんなことをする必要はないですよ」と止めさせようとする。思想的な共感や崇敬により二人の尊厳を守ろうとしたと言える。だが、佐田より上級の下士官は「いいから、しばれ」と命じ、佐田は「卑屈に黙」る。
 論点を分隊長の強姦の後に戻す。佐田=田村は王小英に「裏切られたやうな力落ちを感じた。それと同時に、怒りがこみあげてきた。すると、ふと私は兇暴なものを感じた」。彼が「裏切られた」と感じたのは「私もさっきの男と同じ目的もっている者と判断しているようだ」と書かれてることから、自分も分隊長と同じ類と思われたためと読める。だが、田村は「この女が弱かったからいけないんだ」とも書いている。ここから、次の解釈が導き出せる。
 共産党員は単なる共産主義者ではなく、強固な精神力を以て鉄の規律で活動していると説かれ、また見なされていた。革命文学のベストセラー、オストロフスキーの『鋼鉄はいかに鍛えられたか』(版は多数)は象徴的である。そして、共産党員は封建的非合理的な宗教と密接に結びついた道徳ではなく、科学的社会主義とレーニン主義的組織原則(特に民主集中制)に基づき理性的に思考し、行動しなければならない。それは道徳を超えており、「革命」のためなら何事をも耐えねばならないと「革命的禁欲主義」(先述)が説かれた。
 一九七〇年代、私もそのように説明された。その過程で『鋼鉄はいかに鍛えられたか』(横田瑞穂訳、新日本文庫、一九七五年)を葛飾の筋金入りの共産党員に勧められて読んだ。しかし、それに反する現実を幾度も知らされ、幻滅した(具体的には『アイデンティティと時代』述べた)。この幻滅が佐田では「力落ち」と表現されていると、私はエンピリカルに考える。無論、限界状況における佐田・田村の場合、私とは比べものにならないほど強烈であったことは認識する。
 さらに、田村=佐田は次のように述べる。

 どういう衝動だったか、――いまでも私ははっきりとはわからない。
 どういう理屈だったろう、――いまの私にはわからない。私はこの女を、どんなにしてもかまわないように思った。この女を犠牲にすることによって、私は生きるのだ。この女の知性も、誇りもみんな、私がふみにじるのだ。いや、そうしないでは、私は生きられない。(中略)
 いま考えると、私は、あの瞬間の自分の心が、自分のものであったとは信じられない。敗戦国とはいえ、一応生命の危険から解放された環境にある私には、あの戦場での自分が、異常人であったとしか思えない。あの環境のなかでは、あらゆる考え方が錯倒していたとしか思えない。そのくせ尚、あのときのああいう私が、あのときは真実であったということを否定できないのだ。
 けれども、結局、私はそこにそのまま立っていた。頭のなかでは、思いきり乱暴な男でありながら、そこを動けなかった。
 なにか檻のようなものが私の心のまわりにあって、どうしてもそれを破ることが出来なかった。最後の瞬間に、私をとどめたその檻のようなものが、なんであったか、――私自身の内部の声であったか、無意識の習性であったか、それとも、そのとき、そとからふと聞こえたあるなにかの気配であったか、それはわからない。

 これについて考察を試みる。「どういう衝動だったか、――いまでも私ははっきりとはわからない」、「どういう理屈だったろう、――いまの私にはわからない」と自問を繰り返すが、「いま、考えると、私はあの瞬間の自分の心が、自分のものであったとは信じられない。(略)あの環境の中では、あらゆる考え方が倒錯していたとしか思えない。そのくせ尚、あのときのああいう私が、あのときは真実であったということを否定出来ない」という。優れた自己分析である。
 さらに田村=佐田は「私の全身は、分隊長に対する憎悪と憤怒で燃えたった」ことを自覚し、それを「正義の抗議」ではなく、「人間存在の仕方、――人間の存在がすでに悪であるかのやうな、そのことへの怒りのやうでもあった」とも自己分析する。それは、崇敬していた者に「裏切られた」ことへの復讐とともに、そう感じながら自分にも「肉体」の慾動があり、やはり自分も唾棄すべき分隊長と同じように「悪」だと自覚させられたからと読むことができる。その場合、崇敬は美意識よりも高次であることを考慮しなければならない。美意識でいえば、美しいから手に取るというのは、そのレベルの美しさである。美しすぎれば手で触れるのさえ恐れる。触れたとたんに美が損なわれるからである。崇敬はそれ以上である。当然、これに相関して汚されたことへの「憎悪と憤怒」は激烈になる。性的慾動は本能的であり、また不潔感や嫌悪感も付きまとう。性器は排泄器官と近接し、臭気を発するからである。強姦はこのような重層的な穢れをもたらし、正に存在が汚される。
 田村はまた「裏切」という。それは、共産党員として崇敬していた女性が、自分ではない男、しかも二人と繰り返し性交したことである。謂わば思想的な“片思い”とも言えるが、片思いは却って強烈になることは往々にしてある。
 このようにして、存在の次元から「怒り」が燃えあがるが、佐田=田村は「けれども、結局、私はそこにそのまま立っていた」。それは自分が「檻」の中にいたからだという。彼は「私をとどめた檻のようなものが、なんであったか、――私自身の内部の声であったか、無意識の習性であったか、それとも、そのとき、そとからふと聞えたあるなにかの気配であったか」と述べる。まことに「世界―内―存在」を超えて、「内」に偏さずに「内」も「外」も考えている。また「そとからふと聞えたあるなにかの気配」は既述したようにソクラテスの「ダイモンの声」を想わせる。
 そして、彼は部屋から出ると、「顔全体の表情は死んだように青ざめ、眼だけが怒りに燃えて輝いている」張沢民に「ぶつかりそうにな」る。彼女は佐田=田村も強姦したと疑ったのであり、それは愛慾の強さの現れでもある。これに対して、彼は「不是(ブス)、不是(ブス)」と「烈しい言葉を投げつけた」。
 以上の描写は頁数でいえば「檻」全体の約1/5である。この割合は、田村が伝えたい思念の現れと言える。しかも内容は優れた心理分析・自己分析であり、存在の核心たる実存におけるデモーニッシュとハイリッヒなものを考えさせる。

(四)何重もの「檻」
 その後、張沢民は佐田に「身を任せ」る。田村は「彼女の思想は、長いあいだ頑張り通し、ついに彼女の肉体の前に屈した。けれども、それは思想という一つの檻から、肉体という別の檻に移ったに過ぎなかった。それは新しい檻のなかで、彼女の新しい苦悩のはじまりを意味していた」と結ぶ。「文は人なり」という。叙述は自己表現でもある。それ故、田村自身も「新しい檻のなかで(略)新しい苦悩」が始まったと分析できる。だからこそ、彼は「自分があはれに思へた」と書き出したのである。
 その上で、私は単に「移った」のではないと考える。張沢民=張玉芝=朱愛春は思想、肉体だけでなく、鉄の規律の党、共産党・国民党・軍閥・日本軍・土匪が戦い合う中国などの「檻」に囚われていた。佐田=田村も思想や肉体だけでなく、軍隊、従軍してきた異域=中国などに囚われていた。さらに二人とも時代という「檻」の内にあった。この重層的な「檻」におけるエロスと苦悩が、短編「檻」では示唆されている。そもそも愛慾へと進んでも「檻」であり、進まなくても「檻」にいるのが人間の存在である。「世界―内―存在」を超える認識を表現した田村であるから、このように読むことができ、かつ、そうすべきである。確かに、田村は「移った」としか書いていないが、それ以上の内容を読みとることができる。

(五)池田の田村批判の検討(二)
 池田は「田村泰次郎が描いた戦場の性」第二節で「どういう理屈だったろう、――そとからふと聞こえたあるなにかの気配であったか、それはわからない」の箇所を引用し、「強姦を犯さなかったのは何故か、ぜひとも一歩踏み込んで書いて欲しい」、「いまひとつもの足らない」と批判する。しかし、私(山田)は「いまひとつもの足らない」と考えず、極めて重要な自己分析の記録であると高く評価する。既に論じたが、さらに加える。
 池田の引用の後に、田村は「この女を犠牲にすることによって、私は生きるのだ」と書いている。これは己の悪を正視するだけの力量がなければ為し得ない。しかし、池田はそれを引用していない。彼女のレベルでは理解できなかったと言える。彼女は「檻」を「エッセーのようなスケッチ風な短編」と評しており、自ら低水準を表明している。
 なお、彼女自身、その前には「状況と事実関係、兵士の心の動きまでは詳細に描かれる」と書いており、これと「エッセーのようなスケッチ風な短編」は齟齬を来しているが、これに彼女自身が気づいていない。彼女は田村を批判することで、自分がレベルをさらけ出していると言わざるを得ない。
 他方、田村の力量についていえば、次も挙げることができる。

 それはもう理屈ではない。理屈では、私のその衝動は背徳である。けれども、それは理屈をはるかに超えた、もっと強い、もっと激しい肉体の衝動である。人間という存在そのものの衝動だ。肉体の本質が、倫理的であるかどうか、私には答えられない。だが、それは倫理的であろうとなかろうと、それはもうそうなのだ。それが人間なのだ。そうかといって、獣の状態ではない。獣は自分のいのちの完全燃焼を自覚する能力はない。私はその能力をそなえているのだ。私は人間であることの恐怖をとおして、それを超えたいのちの至上の恍惚境を感じた。

 これは文学的な表現だが、精神分析、実存主義、身体性(Embodiment)の認識に通じる。しかも、ハイリッヒを遠望しつつ己のデモーニッシュなものと正対している。

第四項 補論―内通に関して―
 短編「檻」において、日本軍は抗大生二人を拘束したが、「その後、抗日大学総校の学生三十名は、小部隊に分散し、各所に於て巧みにわが警戒線を突破し、一箇月後にはおおむね日本軍の勢力範囲から逃れ出てしまった」。日本軍は動向をかなり具体的に把握しているが、ほとんど戦果を挙げていない。それは能力が低いためか、それとも内通によるか、一考の価値がある。
 また、佐田が「班長」として登場する「黄土の人」(『田村泰次郎選集』第四巻、日本図書センター、二〇〇五年、五~一七頁)では、「通訳」の「山岡さん」が描かれている。彼は「日本にちゃんとした正式の妻子がある」が、中国で「中国人の女と肉体の関係が出来て、慶生が生まれた。慶生を生んだ女は、数年して、死んでしまった。そこへ、日華事変が起きた」のであった。彼は「アル中」である。
 注意すべきは、慶生は「中共軍や、国府軍の俘虜あがりの宣伝院の工作員」もいる「日本軍の兵舎のなかで」、「八路軍の遊撃隊歌をうた」ったが、山岡は止めなく、前山上等兵が山岡の「眼の前でひっぱたい」た。ここから山岡父子は中国共産党と日本軍の「内通」における特務=二重スパイであったと読むことも可能である。酒浸りで「卑屈」という文脈で「日本も、中国もない」、「自分を喰わせてくれる者が主人」だと書かれていることは、これに符合する。アル中で安心させようという策略も考えられる。
 なお、「肉体の悪魔」では「大阪商大出身のマルキスト」と書かれた前山上等兵は、「黄土の人」ではこれに加えて「インテリらしい良心」のある人物として描かれている。さらに「日本軍の組織や、行動に対しては、いつも仮借ない批判を下しているくせに、自分たちが使っている中国人に対しては、指導者意識を持っていた。中国人の立場をよく理解しているくせに、彼らが日本軍にすこしでも反抗心を抱くことを、感情の上ではゆるせない」と心理的複合(コンプレクス)を指摘している。前山が「八路軍の遊撃隊歌」を止めさせたのも、そのためと言える。


終章 人間の条件
第一節 誰もが肉慾の奴隷であったのではない
第一項 野蛮と文明・・・続く・・・

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