日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート その10

28.「世界革命」における東大闘争

(1)利用された思春期の素直さ、一途さ

 文革期、中国共産党は「造反有理」、「革命無罪」と「革命」を大義に掲げ、それを「世界革命」として展開した。これにより、革命のためには手段を選ばないイデオロギーや風潮が国際的に広がった。
 その中で日本は多大な影響を受けた。新左翼・全共闘は直接的で、日本共産党は中国共産党と対立、断交したが、間接的な影響は続いていた。前者において特にML派(ML同盟)が強く影響された。ML=マルクス・レーニンであり、毛沢東が打ち出されていないにも関わらず、毛沢東主義であるのは、日本に限らない、世界各国でも同様・類似の例は多い。正体を隠して影響力を広げるという地下工作的な戦術がうかがえる。
 今井澄たちML派がこれを理解していたとは、私は考えない。上の幹部はいざ知らず、学生たちは中国共産党の「宣伝」やそれに追随する教員や学者の「流」す「情報」を素直に一途に「信じ従」ったと認識する。その結果、知らずに中国共産党の世界制覇戦略の一つの齣の役割を演じさせられた。今井は東大医学部の学生運動を主導し、安田講堂攻防戦では防衛隊長であった。
 ここで心理歴史的に考えると、文革において紅衛兵は中高生であり、日本の全共闘は大学生が主であった。この差異から、マッカーサーの指摘した「12歳の少年」が敗戦を体験して12~17歳の思春期の段階に発達し、反抗を激化させたと分析できる。即ち1968-69年に個々の学生の発達段階と日本の精神の発展段階が共振した。新左翼・全共闘の派手で衒示的なパフォーマンス、アジ演説、アジビラは思春期の自己顕示に他ならない。また、教員や評論家も身体や知識では成人であっても、心理歴史的には同レベルで、毛沢東主義の台頭に追従(ついじゅう/ついしょう)し、全共闘運動の流行に同調しつつ、成人なりの知能で要領よく時流に乗った。

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