日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート その11

(2)騙され、誤らせたノーベル賞クラスの知性

 マクロ経済学を確立したジョン・メイナード・ケインズが指導した若手研究者集団ケインズ・サーカスの一人で、ノーベル経済学賞の候補者に幾度もなったジョーン・ロビンソンまで中国共産党と毛沢東を賞賛した程であるから、今井たちが「信じ従」ったのは無理もない。確かにロビンソンが中国を批判しているところもある。彼女は「外交上の問題」を論じる中で「外国人ぎらい(xenophobia)を導き出し、次のように指摘した(Joan Robinson, The cultural revolution in China, Penguin Books, 1969, p.40. ジョーン・ロビンソン著、安藤次郎訳『未完の文化大革命』東洋経済新報社、1970年、p.47、以下同様)。

 中国人は、時として、外国人ぎらいだと非難されている。多分、イギリス人の場合と同じく、優越感(半植民地時代に傷つけられた)をもっている、という意味なのであろう。現在の運動の中では、危険はむしろあべこべである。中国人の愛国心は、非常に深いところで作用していて、完全に社会主義イデオロギーと一体化されているから、かれらは、民族的な要素がその中にあるということに気づいていないのである。若者たちが毛沢東を世界のすべての人民の指導者として謳歌しているとき、かれらは、みずからの民族的指導者をもっている隣人たちが、自分たちを傲慢もしくは狂信的だと考えるかもしれぬ、ということに思い及ばないのである。 一国の人民とその政府とのあいだを区別するように教え込まれているところから、かれらは、ソヴィエト修正主義に対する痛烈な非難によってロシア人の感情が傷つけられている、ということに気がついていない。こうして、かれらは、純粋の善意から自分たち自身にとっての敵をつくっているのである。

 ロビンソンはマルクス経済学を研究しつつケインズ経済学の発展に努めたのであり、マルクス主義を肯定的に捉えていた。「純粋の善意」という見方にそれがうかがえる。このような彼女が引用文のように批判したのである。
 さらに「外国人ぎらい」の原語xenophobiaは排外主義や反外国主義とも訳せる。ロビンソンは「傲慢もしくは狂信的(arrogant or fanatical)」をも指摘しており、これは反外国主義と訳すべきことが妥当であることを補強する。fanaticalは次の段落でignorantと組み合わされた「狂気じみた無学な」でも繰り返されている。これらは高い評価を得た経済学者の認識であり、決して感情的な非難などではない。
 それでも彼女は中国共産党や毛沢東を称賛する。書名の日本語訳「未完の文化大革命」は、その内容を表しており、問題は未だ完成していないからであるという擁護が基調である。完成へと徹底したらカンボジアのキリング・フィールドのように凄まじい結果になるという認識は認められない。
 確かに、後進のアマルティア・センやジョセフ・スティグリッツはノーベル経済学賞を受賞したように、彼女の経済学的業績は大きい。だからこそ、彼女ほどの知性が騙され、さらに多くを誤らせたことの重大性を認識しなければならない。

(3)1960から1969における1968

 「世界革命」を「信じ従」った「新左翼・全共闘運動は「政権は銃口から生まれる」、「造反有理」などに影響されゲバルト(暴力)を公然と主張し、実際に行使した(ゲバ棒、投石、火焔瓶等)。弱い立場の故に認められる団体交渉(団交)は暴力的になり、教員たちを長時間、林立するゲバ棒で威嚇し、罵声でつるし上げた。また、暴力は内にも向けられセクト間では内ゲバ、セクト内ではリンチが続発した。
 このような青年・学生運動のピークは、国際的には1968年とされているが(フランス五月革命や米国のコロンビア大学闘争など)、「造反」が激化した紅衛兵運動は早くも67年に人民解放軍により制圧され、68年からは中高校で教育を受けた「知識青年」の「上山下郷」運動が発動された(これも官製大衆運動)。他方、日本の学生運動では、翌年1月17日夜の共産党・民青の一万人規模の撤収、18-19日の安田講堂をめぐる新左翼・全共闘と機動隊の「攻防戦」が「天王山」であった(「天王山」と言えるのは全国から活動家や学生が動員されたため)。
 それでは日本は遅れているのか? 60年安保闘争は66年の文革・紅衛兵運動に先駆けていた。それ故、善し悪しはともかく、戦後の学生運動は日本が先導した側面もある。
 日本では西洋コンプレクスから五月革命を高く評価することが多いが、1960年の日本の安保闘争、66年勃発の中国の文革と紅衛兵運動、そして68年の仏国の五月革命や米国のコロンビア大学闘争という「時間の矢(Time's Arrow)」を軽視してはならない。影響があるとしたら前から後であり、逆はない。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント