日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート その26

46.阿吽の呼吸の叡智
 ―「永遠のうそをついてくれ」と「うそをついたことになってしまった」―
 かつてのセクトの指導者も同様にタフであるべきと考える。メンバーやシンパに、うそ=虚偽意識としてのイデオロギーを追わせ続けてはならない。指導者はイデオロギーのプロパガンダにだまされ、図らずもうそをついたことになってしまったというべきである。
 「永遠のうそ」を“永遠に”ついてはならない。これと正対し、改めねばならない。
 無論、青年で未熟だったことは考慮されねばならない。私も下町のはずれで高校生たちを「説得」し、「意御(御意の反対)」と抵抗された(『アイデンティティと時代』pp.131-134)。私は「離脱」した後、“あの時、分かったような気になって言ったけれど、多くはまちがっていて、結果的にうそをついてしまった”と詫びることができない。だが、彼/彼女たちが目の前に現れたら、そのように謝罪できるよう心で準備している。
 その上で、自分から言い出すことに気が引けるが、「うそをついたことになってしまった」と詫びても、阿吽の呼吸で「永遠のうそをついてくれ」よと応じられてこそ救われる。かつての「自己否定」を強要するような態度では、そうにはならない。安保世代も全共闘世代も老年期に達し、「叡智」(エリクソン)が課題となっている。

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