日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート 補註0803

補註―「矢内原三原則」に関する小熊の一知“三分の一”解―
 東大闘争で重要な争点となった「矢内原三原則」については「学生が長期ストを行った場合は、自治会委員長は責任をとって退学処分になるのが慣例だった」と一つしか説明していない(『1968』上巻p.676、なお索引には挙げられていない)。「三原則」といいながら一つだけですませるレベルは、研究というより算数以前の問題である。一知半解に及ばない一知“三分の一”解とも言える。
 「矢内原三原則」は、ストライキの決議を代議員大会で、①“提出したものは退学”、②“議題として受理した議長は退学”、③“実行した自治会委員長は退学”とするという、矢内原が東大学長であったときの基本的な管理原則の通称である。「長期」や短期に関わらず、「ストライキ」に対して適用された。
 これに対して新左翼・全共闘は、東大の本質は「帝大」のままで、権力の機関だから「解体」すべきで、「矢内原三原則」など取り組むには及ばないという立場であった。
 共産党・民青は大学改革のために「矢内原三原則」の撤廃=ストライキ権の獲得を目指し、加藤執行部にそれを認めさせた。
 これは、1970年代前半も同様で、新左翼系や全共闘の残党は「矢内原三原則」について全く口にしなかった。その知識さえなかった。
 民青系は「矢内原三原則」はもうないからストライキはできるといっていた。だが、実際に踏み切ることはなかった。その力量はなかった。

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