前近代日本の民衆における共同的性生活と性的ハビトゥス 『慰安婦と兵士の愛と死:煙に忍ぶ恋』の補強として4

 宿は,男女が別々もあれば,村落で一つしかないため混在のものもあった。だが,たとえ別々であっても,宿への出入りは周知のことで,プライバシーなどなかった。
 性的に自由であったという見解に一理はあるが,家父長制と男尊女卑の中で,宿の主は,随時,管理・指導し,また若者たちの間でも相互規制・自己規制が機能していた。しかも親の家から離れたとはいえ,家系には縛られており,「家」に不名誉なことはできなかった。避妊が極めて難しい時代で性行為は妊娠・出産に結びつく可能性が大きく,家柄に不適格な子供が生まれることは望まれなかった。
 このような意味で,若者時代の性的な自由は,私生活がほとんどない共同体でのモラトリアムであった。

 快楽が狂的にさえなる性への恐怖感,羞恥心,罪悪感,また性器が排泄器官に近接する故の不潔感,嫌悪感などが複合して,性行為に踏み切れない者もいた。その場合,憎からず想い合うならば,数回,添い寝し,その間に年長者の助言を得て,緊張感を軽減して結ばれ,夫婦(めおと)になる。

 そもそも多くの民衆では,生まれた家でも私生活がほとんどなかった。物質的条件において,部屋は少なく,仕切りは不十分であった。そのため,ややもすれば父母や叔父叔母たちの性行為を身近に見聞していた。その延長に若衆宿があり,自分に性行為の能力がつけば,それを実践するだけのことである。

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