悪貨は良貨を駆逐する 知の頽廃 愚昧なる民族主義 その2 無知無恥の教員と学生

 「ほんまかいな」との質問があったが、「ほんまでっせぇ」
 他にも、ネイティブどころか放送局のキャスターの朗読について、平気で「まちがい」を指摘することさえあった。
 確かに一つ一つの字と音(ピンイン)を機械的に対応させれば、少しは違うこともある。しかし、語は前後の語との文脈で意味が変化することと同様に、音も前後の音韻で微妙に変化する。
 言葉は生きている。機械的に対応させて発音すれば、却って不自然でおかしくなる。だが、頭カチカチのリコー馬鹿には、自分の無知無知が分からない。
 ソシュールを承けチョムスキーが提出した生成語、生成変換文法を少しでも学ぶべきである。
 こんな教員に教えられるから、次のような愚昧で無恥な状況も起きる。
 学生が中国北方の留学生は「餃子で食事をすませました」というと、愚昧なる中国語専攻の日本人学生が「おかしい。餃子はおかずだから」と言い張り、留学生が「私の故郷では餃子が主食です。そもそも、餃子は中国から伝わったものでしょう」と言っても、頑固に主張を変えない。
 言葉では「多文化共生」、「異文化理解」を知っていても、理解していない。周囲の日本人学生も同様。
 私は、後日、それを語る留学生の悔しさにあふれた表情が忘れられない。

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