前近代日本の民衆における共同的性生活と性的ハビトゥス 『慰安婦と兵士の愛と死:煙に忍ぶ恋』の補強として26
これまで論じたことの理論的な根拠として、ジクムント・フロイトとエリク・エリクソンの心理歴史的研究の意義を述べる。
1
フロイトの精神分析の意義は極めて大きい。このように評価できる理由として,以下を挙げることができる。
1932年、国際連盟は,アインシュタインに“あなたが今,人類の最も忌むべきものと考えるのは何か? そして、これに関する意見を誰に聞きたいと思うか?”という質問を出した。これに対してアインシュタインは“人間を戦争というくびきから解き放つことは可能か?”という問を心理学者のフロイトに尋ねたいと答えた。
既にアドラーやユングがフロイトと異なる学説を唱えて活躍していたが,アインシュタインはフロイトを選んだ。この評価は,21世紀の現在から考えても妥当であると,山田は判断する。
次に,このようにフロイトを評価したアインシュタインの評価についていえば,彼は核軍拡に深刻化に対して,当時の最高の知識人の一人のバートランド・ラッセルと,1955年7月に「ラッセル・アインシュタイン宣言」を発表した。最高水準での戦争への危機意識や平和への努力は一貫していた。
そして21世紀になっても,ノーベル文学賞受賞作家の高行健は,2010年9月26日の国際ペンクラブ東京大会で「フロイトの自我の指摘は精神分析の始まりとなっただけでなく,現代文学にも大きな啓示を与え」たと述べた(飯塚容訳著,2018,pp.73-79)。
我々が学ぶべきは高度な思考や実践であり,それでこそ発達・発展を持続できる。
2
フロイト(1974,生松敬三〔他〕訳,pp.427-428)は,1936年5月3日付のアインシュタイン宛の書信で「もし私の学説がその構成に多くの誤謬や愚論をとり入れていたならば,人びとは私のことをもっとよく扱っていてくれただろうとあなたはお考えになりませんか?」と記した。
レベルの高い理論を理解する者は少数だと大衆社会への批判が内包されている。
フロイトは「文化への不満」の結びの段でも「お前はなんにも慰めを与えてくれないではないかという世間に非難を甘んじて受け」ると表明した(高橋義孝〔他〕訳『フロイト著作集第三巻』人文書院,1969,p.496)。
彼は「文化の超自我」という概念を以て「文化発展のさまざまな相のなかに超自我の役割を探ろう」と「観察」し,このような「文化への不満」が高まり,「神経症になるか,それとも不幸になるかのいずれかの道を選ばざるを得ない」心理歴史的状況を析出した(高橋義孝〔他〕訳『フロイト著作集第三巻』pp.494-495)。
「文化への不満」が高まった要因としては,産業革命で物質的豊かさを得ることで却って慾望が増大し,市民革命から現れたマルクスやエンゲルスが階級闘争と暴力革命は必然だと説いて暴力を鼓舞し,次いでニーチェが神は死んだと吹聴し,それらをレーニンやスターリンがソ連で実証したという時代の動勢を挙げることができる。
医師としたら「文化ないし全人類にかかわるこの神経症」の治療法を開発すべきであり,安易に「慰めを与えて」すましてはならない(高橋義孝〔他〕訳『フロイト著作集第三巻』p.495)。これは「誤謬や愚論をとり入れ」ない「方法的態度」(山下徳治)と同様である。
だが,治療法の開発までは到らず,彼は「文化病理学」を提起し,性の本能たるエロスが死の本能たるタナトスに「負けないよう一所懸命に頑張ってくれること」が鍵であると述べるに止めた(高橋義孝〔他〕訳『フロイト著作集第三巻』pp.495-496)。
3
そして,エリクソンはフロイトの心理性的発達の研究を心理社会的な発達にまで拡張した。
特にアイデンティティ論の貢献は多大であるが,それだけに止まらない。生涯発達のチャート,個人のライフ・サイクルを,世代のサイクルという概念を以て歴史の発展へと連動させたことも重要である。「ライフ・ヒストリーとヒストリカル・モメント」から分かるとおり,この連動はダイナミックである。
モメントには契機という意味に物理学の回転の力学を現す概念が内包されている。
個人や社会の「回転」はそれぞれの変革に通じる。
ルイス・A・コーザー(1988,pp.60-67等。以下同様)は,精神分析を「創造的に革新」したエリクソンが「表面上批判的活動力に欠けているようにみえた」が,それは「激しく争っているイデオロギー上の,あるいは学問上の党派のいずれの特定の陣営にも加担するのを嫌った」ためであると述べ,「彼は,正統派フロイト主義の道から,少なくとも正統派に対立する精神分析諸学派と同じくらい明白に外れていながら,正規の精神分析の既成勢力と決して訣別しようとは思わなかったようにみえる。彼は,さまざまな学派,学説,イデオロギー的傾向とコミュニケーションの道をつけておき,多様な役割演技の相手方,多彩な聴衆に接触する努力をして,決してそれらのうちのどれかと完全に一体になることはなかった。彼は,さまざまな異なった人びととの多様な結びつきが,たとえそれらの多くが相対的には弱いものであっても,大切なものであることを,十分思い知っていたのである」と評価した。そして,コーザーは「創造的革新」のエリクソンと対極にある「分派的叛乱」のヴィルヘルム・ライヒについて議論を進めたが,ここではライヒの考察は控える。
・・続く・・
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フロイトの精神分析の意義は極めて大きい。このように評価できる理由として,以下を挙げることができる。
1932年、国際連盟は,アインシュタインに“あなたが今,人類の最も忌むべきものと考えるのは何か? そして、これに関する意見を誰に聞きたいと思うか?”という質問を出した。これに対してアインシュタインは“人間を戦争というくびきから解き放つことは可能か?”という問を心理学者のフロイトに尋ねたいと答えた。
既にアドラーやユングがフロイトと異なる学説を唱えて活躍していたが,アインシュタインはフロイトを選んだ。この評価は,21世紀の現在から考えても妥当であると,山田は判断する。
次に,このようにフロイトを評価したアインシュタインの評価についていえば,彼は核軍拡に深刻化に対して,当時の最高の知識人の一人のバートランド・ラッセルと,1955年7月に「ラッセル・アインシュタイン宣言」を発表した。最高水準での戦争への危機意識や平和への努力は一貫していた。
そして21世紀になっても,ノーベル文学賞受賞作家の高行健は,2010年9月26日の国際ペンクラブ東京大会で「フロイトの自我の指摘は精神分析の始まりとなっただけでなく,現代文学にも大きな啓示を与え」たと述べた(飯塚容訳著,2018,pp.73-79)。
我々が学ぶべきは高度な思考や実践であり,それでこそ発達・発展を持続できる。
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フロイト(1974,生松敬三〔他〕訳,pp.427-428)は,1936年5月3日付のアインシュタイン宛の書信で「もし私の学説がその構成に多くの誤謬や愚論をとり入れていたならば,人びとは私のことをもっとよく扱っていてくれただろうとあなたはお考えになりませんか?」と記した。
レベルの高い理論を理解する者は少数だと大衆社会への批判が内包されている。
フロイトは「文化への不満」の結びの段でも「お前はなんにも慰めを与えてくれないではないかという世間に非難を甘んじて受け」ると表明した(高橋義孝〔他〕訳『フロイト著作集第三巻』人文書院,1969,p.496)。
彼は「文化の超自我」という概念を以て「文化発展のさまざまな相のなかに超自我の役割を探ろう」と「観察」し,このような「文化への不満」が高まり,「神経症になるか,それとも不幸になるかのいずれかの道を選ばざるを得ない」心理歴史的状況を析出した(高橋義孝〔他〕訳『フロイト著作集第三巻』pp.494-495)。
「文化への不満」が高まった要因としては,産業革命で物質的豊かさを得ることで却って慾望が増大し,市民革命から現れたマルクスやエンゲルスが階級闘争と暴力革命は必然だと説いて暴力を鼓舞し,次いでニーチェが神は死んだと吹聴し,それらをレーニンやスターリンがソ連で実証したという時代の動勢を挙げることができる。
医師としたら「文化ないし全人類にかかわるこの神経症」の治療法を開発すべきであり,安易に「慰めを与えて」すましてはならない(高橋義孝〔他〕訳『フロイト著作集第三巻』p.495)。これは「誤謬や愚論をとり入れ」ない「方法的態度」(山下徳治)と同様である。
だが,治療法の開発までは到らず,彼は「文化病理学」を提起し,性の本能たるエロスが死の本能たるタナトスに「負けないよう一所懸命に頑張ってくれること」が鍵であると述べるに止めた(高橋義孝〔他〕訳『フロイト著作集第三巻』pp.495-496)。
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そして,エリクソンはフロイトの心理性的発達の研究を心理社会的な発達にまで拡張した。
特にアイデンティティ論の貢献は多大であるが,それだけに止まらない。生涯発達のチャート,個人のライフ・サイクルを,世代のサイクルという概念を以て歴史の発展へと連動させたことも重要である。「ライフ・ヒストリーとヒストリカル・モメント」から分かるとおり,この連動はダイナミックである。
モメントには契機という意味に物理学の回転の力学を現す概念が内包されている。
個人や社会の「回転」はそれぞれの変革に通じる。
ルイス・A・コーザー(1988,pp.60-67等。以下同様)は,精神分析を「創造的に革新」したエリクソンが「表面上批判的活動力に欠けているようにみえた」が,それは「激しく争っているイデオロギー上の,あるいは学問上の党派のいずれの特定の陣営にも加担するのを嫌った」ためであると述べ,「彼は,正統派フロイト主義の道から,少なくとも正統派に対立する精神分析諸学派と同じくらい明白に外れていながら,正規の精神分析の既成勢力と決して訣別しようとは思わなかったようにみえる。彼は,さまざまな学派,学説,イデオロギー的傾向とコミュニケーションの道をつけておき,多様な役割演技の相手方,多彩な聴衆に接触する努力をして,決してそれらのうちのどれかと完全に一体になることはなかった。彼は,さまざまな異なった人びととの多様な結びつきが,たとえそれらの多くが相対的には弱いものであっても,大切なものであることを,十分思い知っていたのである」と評価した。そして,コーザーは「創造的革新」のエリクソンと対極にある「分派的叛乱」のヴィルヘルム・ライヒについて議論を進めたが,ここではライヒの考察は控える。
・・続く・・
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