徳=力(virtue)人間的強さの発達・形成・学習・教育のインタラクション『慰安婦と兵士の愛と死:煙に忍ぶ恋』補強14

 思想的哲学的な認識
 ―崇高なサドマゾヒズム、或いはサドマゾヒズムの昇華を考えるために―

 ソクラテスは「ねえ君たち、人々が快楽と呼んでいるものは、なんとも奇妙なもののようだね、正反対であると思われる苦痛と、なんと奇妙な関係にあるのだろう。この二つは同時にやってこようとはしないが、一方を追いかけて掴まえると、必ずいっていいくらい、もう一方をも掴まされる、まるで二つでありながら、頭は一つというみたいにね」と述べたたことをプラトーン(1968、p110)は「パイドーン」で記した。

 ガンディー(1970、第一巻p7)は「非暴力は活動的状態においては、自らすすんで苦しみを甘受する」と書いた。

 ロマン・ロラン(1938、p68)は『ベートーベンの生涯』(原著は1903年)を「Durch Leiden Freude(苦悩をつき抜けて歓喜に到れ)」と概括した。
 これはベートーヴェンの1815年10月19日付エルデーディー伯爵夫人宛書簡にある文言で、西田幾多郎(2003、p233-234、p387-388)も「自覚的一般者に於てあるもの及それとその背後にあるものとの関係」(1930年に岩波書店から出版された『一般者の自覚的体系』第六論文)において「叡智的ノエシス」と「叡智的ノエマ」の相関性を論じる中で、これを引いた

 フロイトは「われわれはみなヒステリーだ」(1955,p57)と指摘した。
 またフロイト(1955,p.131)は「幼児期の一般に倒錯的な性の素因は、一連のわれわれの美徳の根源と考えることができる」と論じた。「美徳」はvirtue(徳=力)に通じるものと山田は認識する。

"徳=力(virtue)人間的強さの発達・形成・学習・教育のインタラクション『慰安婦と兵士の愛と死:煙に忍ぶ恋』補強14" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント