性愛の複雑で繊細な発達,そのための学習・教育:『慰安婦と兵士の愛と死:煙の中に忍ぶ恋』補強50


 フロイト(1974,p427-428)は,1936年5月3日付のアインシュタイン宛の書信で「もし私の学説がその構成に多くの誤謬や愚論をとり入れていたならば,人びとは私のことをもっとよく扱っていてくれただろうとあなたはお考えになりませんか?」と記した。
 レベルの高い理論を理解する者は少数であると,衆愚的な大衆社会への批判的な「方法的態度」(山下,1939/73,山田,2022a,p16-17)が示されている。

 また,フロイトは「文化への不満」(1969,p496)の結びの段でも「お前はなんにも慰めを与えてくれないではないかという世間に非難を甘んじて受け」ると表明した。
 彼は「文化ないし全人類にかかわるこの神経症」の取り組んでいたのであり,精神分析医としては,何よりもこの治療法を開発しなければならず,安易に「慰めを与えて」すましてはならない(フロイト,1969,p495)。これは「誤謬や愚論をとり入れ」ない「方法的態度」と同様である。

 だが,治療法の開発までは到らず,彼は「文化病理学」を提起し,生の本能たるエロスが死の本能たるタナトスに「負けないよう一所懸命に頑張ってくれること」が鍵であると述べるに止まった(フロイト,1969,p495-496)。
 これを引き継ぎ「文化病理学」を発展させることは我々の課題であるが,治療法の開発(development)だけでなく,文化的「病理」も負の意味で発展(develop)しており,悪戦苦闘が続いている。それは有限な人間には知恵だけでなく,その知恵を悪用する悪知恵もあるからである。徳=力(virtue)が求められる所以である。

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