性愛の複雑で繊細な発達,そのための学習・教育:『慰安婦と兵士の愛と死:煙の中に忍ぶ恋』補強58

 フロイトとエリクソン
 エリクソンは、マルクスとフロイトの統合により社会的外的な抑圧と心理的内的な抑圧からの二重の解放を目指したエリッヒ・フロムたちフランクフルト学派と時代を同じくした。ユダヤ系のためナチス・ドイツの迫害を逃れてアメリカへ亡命したこともフランクフルト学派の亡命知識人と同様である。エリクソンはマルクスへの言及が少ないが、弁証法的である。
 このような共通性があり、所謂「新フロイト派」として包括できるが、しかし安易に同一視してならない。そのように見なされる者は各々独創的な知見や論理を展開しており、それはフロイトとマルクス、或いはフロイトかマルクス、その交錯において為されている。さらにこの交錯はマルクス、ニーチェ、フロイト、ウェーバー、フッサール、ハイデガー、ジェームズ、パース、デューイたちをめぐる「と(and)」や「か(or)」の交錯の一部である。そこではマルクス主義(階級闘争・暴力革命)、実存主義、精神分析(マルクス主義=科学的社会主義に対しては無意識)、社会学(マルクス主義に対しては価値自由)、現象学(マルクス主義に対してはエポケー)、プラグマティズム(唯物論と観念論の止揚)が議論されていた。
 その中で「新フロイト派」について抑圧からの解放を「心理的下剤」と表現する言説もあった(ゼミなどで聞いた)。謂わば鬱憤晴らしの換喩であり、入門的な理解ならいいが、このレベルに止まってはならない(無意識,エスは無底、底なしである)。

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