性愛の複雑で繊細な発達,そのための学習・教育:『慰安婦と兵士の愛と死:煙の中に忍ぶ恋』補強60

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 大槻(1978、p3-17)は「現代日本の精神病医学の実状」として「無政府的状態」、「旧態依然」、「脳解剖濫用」、「残虐行為」、「粗雑な診断基準」、「誤療せられた精薄」など指摘した。精神科医自身が分析・治療されねばならないと言える。例外なしに自己分析が求められる所以である。

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 エスが無底であることは先述した。そして精神分析はデモーニッシュなものをうんざりするほど見せつける。これは人間には原罪があるという性悪説がヘブライズムの文化圏のハビトゥスになっており、それにフロイトやエリクソンも制約されていたためと言える。
 キリスト教を批判するカント(1974)も性悪説から脱却できていない。

 他方、日本では空海(1975等)が真言密教の観点から「十住心論」で第一の煩悩ある「異生羝羊心」から第十の「秘密荘厳心」までの発達を説き、第十では「自心の源底の覚知」を提起した。菊池寛(1995、p603)は「自心の源底とは、本来具有の菩提心」であり「仏と異なるなき徳性で、これがある故に成仏の可能性がいはれる」と述べた。限りなく深い「源底」において仏に通じるというのである。無論、空海は「異生羝羊心」のレベルの煩悩がもたらす邪悪も十分に認識していたと考えられる。「自心の源底の覚知」は、それに立脚している。

 山田はエロスとタナトスの弁証法に交叉する性善説と性悪説の弁証法も人間の発達と社会の発展とのインタラクション精髄に位置づけられるべきだと考える。

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