ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート23

11月28日  三菱電機本社スタッフより 1.全般的な動向 (1)技術革新  ME、材料革命、バイオテクノロジー、エネルギーなど多方面で対応せねばならない。 (2)国際化  事業構造を、重電からエレクトロニクス、半導体、コンピュータへと改革している。 (3)人材育成  技術革新と国際化は密接に関連しており、この方向に沿っ…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート22

10月26日  海外技術者研修協会 (AOTS、2017年から海外産業人材育成協会) を訪問した。目的は二つあった。 ①日産訓の調査で事業の国際化が幾つも出てきたので、その全般的な状況を知る。 ②ベオグラードで親しくなったセレが日本で働きたいと連絡してきたので、その可能性や方法を相談する。  事前に連絡していて、S氏とI氏の二人…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート21

10月19日  各委員が調査の中間報告を行った。私は日立と三菱重工について報告した(前のブログ)。以下は、他の報告のメモである(日立や三菱重工と重なることは省略)。 ・富士銀行  各部門各支店などで教育水準を一定にする。どこに動かしてもいいようにするためである。そして何種類かの業務をこなせるようにする。  一般社員の集合研修では…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート20

10月4日  三菱重工本社スタッフからの聞き取り  日立の調査のように(2/11のブログ)もう院生たちには呼びかけず、日産訓の調査だけで行った。 1.「企業は人なり」  特に専門教育が事業を左右する。 (1)人材育成として、第一に技術力の強化を位置づけている。  技術別・階層別に人材を育成している。 (2)国際化に対応し、…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート19

9月13日 議論  調査会議で、日立の研修について報告した。(2021年02月11日のブログで述べた)  部長クラスから技能職まで、国内だけでなく海外まで「つなげる」こと、そこに教育を位置づけることは、日本の産業訓練として重要である。それを言葉だけでなく実行できるかが課題になる。  HIMは工場のロボット化だけでなく、労働の人間…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート18

9月6日  宮原研究室の先輩の坂口茂の尽力で、日立の研修施設にて本社スタッフから説明を受けることができた。坂口には『近代日本の企業内教育訓練』(1992年)などの研究がある。  これは東大社会教育学研究室の学習論共同研究や日本社会教育学会の若手研と連動させた。それは日本産業訓練協会の調査会議の了承を得た。  しかし、東大や学会から…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート17

7月18日 議論  調査会議では、労働組合についても話しあい、次の事例が出された。 ①電機労連における技術労働者研究労働者の調査交流会 ②三菱電機労組が開発した中年で生涯設計(ライフプラン)を考えるための「シルバープラン」、定年前に退職後の人生を考えるための「ゴールドプラン」  これらは企業側も理解・賛同・協力している。それを…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート16

7月11日 議論 ①リコーの企業内教育について報告があった。  ホワイトカラーでは「聞く・話す・読む・書く」の研究会がある。原点に返って自己啓発を行うためである。  異なる企業のサラリーマンによる「勉強会」がある。社外での仕事で出会う場合もあるが、大学の同窓、サークルのメンバーなど、きっかけは様々ある。お互いに刺激しあい、自己啓…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート15

日本産業訓練協会企業内教育実態調査 7月6日 議論  QCサークルなど職場の小集団活動について、生産性本部の調査と連携する。  産業訓練の効果を生産性の向上に結びつける。 所感  私は、生産性本部と聞いて、内心、国鉄労働運動のマル生反対闘争を思い起こした。  1960年代から1970年代前半にかけて、国鉄や郵政は、日本生産…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート14

日本産業訓練協会企業内教育実態調査 6月30日 議論  ME(Micro Electronics)革命というサイバネティクスや半導体技術による労働過程のロボット化が進み、労働者の熟練技能が問われている。それに対応した産業訓練の開発が求められる。  労働者は、ある程度の情報過程を機械に委ねることができる。これと、自ら判断する情報処…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート13

 1984年6月23日、東京都生活文化局で消費者問題調査委員会の第一回会議が開かれ、出席した。以下のことが議論された。  学校教育、家庭教育、社会教育を見渡して消費に関する教育内容をまとめ、プログラム化し、またテキストを作成する。  子供と大人では説明や方法が異なるが、それに共通する根本的なことがらをまとめる。  私は生産と再…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート12

 日本産業訓練協会が企業内教育の実態調査を行うことになり、調査員になった。  1984年6月19日、第一回の委員会が開かれ、以下の目標が提示された。 ・日本産業訓練協会の「脱皮」 ・「事業ベース」での思考 ・実質で1500社の調査  より具体的には、以下の意見が出た。  教育訓練、能力開発、人材育成、自己啓発、OJT、O…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート11

歴史の共通認識・共通教育―平和教育のために―  内戦が終息しても対立は続き、憎悪は根深く残った。この状況に対して、南東欧における民主主義と和解のためのセンター(CDRSEE)は1999年、歴史教育委員会による歴史の共通認識のプロジェクトを始めた。これはドイツとポーランド、及びドイツとフランスの歴史の共通認識・共通教育の事業を踏まえ…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート10

ネナードの不審死  留学にためユーゴスラヴィア大使館を訪れ、情報やアドバイスを得たいと伝えると、ネナードが応対してくれた。おそらく、日本語ができる大使館員は彼一人だったろう(日本人スタッフ以外)。  幾度か会ううちに親しくなり、留学準備を離れて、休日には彼の希望で青山、六本木、原宿を散歩するなど親交を深めた。彼は「散歩して、カフ…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート9

内戦、NATOの軍事介入、崩壊に正対して―「ユーゴスラヴィアからの声」―  帰国後もサヴィチェヴィチ教授や留学で知りあった研究者たちと手紙や電話で情報を得ることはできた。「ユーゴスラヴィアからの声(戦争における情報操作と文化の破壊)」はそれらの総括と言える。  この論考で、サヴィチェヴィチ教授は、「旧ユーゴスラヴィアの分裂の外的…

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共著近刊のご案内 『今こそ教育』ミネルヴァ書房 小生は、拙論「教育者空海:民衆教育の創始者の教育思想」を寄稿

 高野山大学に教育学科が新設されるのに合わせて、『今こそ教育』ミネルヴァ書房を刊行。  添付のPDFをどうぞ。  小生は、拙論「教育者空海:民衆教育の創始者の教育思想」を寄稿。まだ序論であり、さらに、三木清や家永三郎が親鸞を軸に仏教思想を論じたが、それに先駆する空海に、教育思想の角度から考究しようと愚考。よろしくご教示ご鞭撻を。 …

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート8

パワーポリティクスにおける中華人民共和国との関係  中国人留学生と会うことはなかったが、日本人留学生と月に一回ほど北京飯館で食事をした。当時、ユーゴスラヴィアでは日本の食材どころか米を手に入れるのも容易でなく、中華料理はありがたかった。自由市場でマケドニア産の米(マケドンスキー・ピリナッツ)が売られていたが、高いけど食感が合わず、…

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ユーゴスラヴィア留学後の研究ノート7

ユーゴスラヴィアとしてのアイデンティティ形成の下で深刻化したクライシス  危機は進行していたが、私だけでなく、ユーゴスラヴィア人も深刻に感じていなかった。前述の「ネマ・プロブレーマ/no problem」で何事も受けとめる心性だけではない。1984年にサラエボ冬季オリンピックが開催されると、それが自主管理方式でボランティア中心の新…

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ユーゴスラヴィア留学「研究手控」と「ベオグラード通信」4

「ベオグラード通信」(4)  紛失して日付は未詳だが、(3)の後、12月初旬と記憶している。その内容は、以下のようであった。  サヴィチェヴィチ教授より研究室(かなり広い)で指導を受けていると、教員というより官僚のような人物が入ってきて早口で話し始めた。サヴィチェヴィチ教授は「チェカ、チェカ、チェカ…」と制止した。「チェカイテマ…

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ユーゴスラヴィア留学「研究手控」と「ベオグラード通信」3

12月22日  学生が「竹の子族」のパフォーマンスをテレビで見て、「日本ではディスコが禁止されているのか?」と質問した。 付記:  社会主義体制なので、まず統制を思ったための質問と言える。  「竹の子族」とは、原宿の代々木公園のそばの歩行者天国など野外で、ラジカセでディスコ・サウンドを流し、独特の派手なファッションで踊ってい…

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