社会教育の経営・生涯学習の支援のために(ノート)改稿7

7.経営管理論の発展

(1)ピーター・ドラッカー

①『現代の経営(The practice of management)』(原著1954年、日本語訳1956年)

 中国革命が起き、中国共産党が中華人民共和国の成立を宣言し、世界で最も人口の多い国が社会主義体制になた後、かつ新自由主義(neoliberalism)が台頭する前、ドラッカーは民主主義・自由主義(liberalism)に基づく経営管理を提起した。
 それは自由放任ではなく、組織と個人の統合的な発展を目指し、「自己統制(self-cotrol)」や「目標管理(Management by Objectives、略称MBO)」を論じた。MBOの提唱はドラッカーに限らないが、彼の『現代の経営』第11章「Management by Objectives and Self-control」(目標による管理・経営と自己統制)は大きな影響を及ぼした。
 経営管理者と社員、上司と部下が自主的に「目標」を決め、それに向かって各々の立場で共に努力し、またそれに即して共に「管理」する。自主性は意欲の基礎であり、目標を軸に勤労意欲を組織することでモラールが高まる。

②「知識経済」

 産業革命、高度経済成長、高学歴化、生涯教育・学習、脱産業社会、情報化、IT革命、高度情報社会という趨勢において、その徴候の段階で、いち早くドラッカーは「知識経済(knowledge economy)」を提起した。これは後のinformation、intelligence、smartなどの概念で示される高度情報化による経済成長/経済成長を通した高度情報化の相互作用に関する先駆的な提言であった。
 19世紀、マルクスが労働こそ価値の源泉であると論じたが(労働価値説)、情報化の進展により「知識」の大量生産・流通・消費・活用(情報の発信・交信・受信・活用)を通して価値が生産されるようになった。これは個々人の知的な生産ではなく、社会的で大規模な生産という意味である。
 マルクス主義においても芝田進午の「精神的労働」論があり、彼が編集した『教育労働の理論―双書現代の精神的労働第三巻』(青木書店、1975年)において島田修一は社会教育労働を論じた。だが、この研究を継承・発展させる者は少なかった。私は意識しつつ叢書生涯学習全十巻(雄松堂、1987~92年)に取り組んだが、芝田の重視する戸坂潤よりも三木清を研究するようになり、これに伴い芝田から離れた。
 その要因の一つに1989年の天安門事件とベルリンの壁の崩壊があった。社会主義体制はマルクス主義、レーニン主義、スターリン主義、毛沢東主義などと形態を変えながらも変質、或いは崩壊したが、資本主義体制は絶えざる革新を続けた。戸坂や芝田はマルクス主義の枠内にあるが、三木はそれを超えていた。

③絶えざる「断絶」=革新

 ドラッカーは1969年にThe age of discontinuity : guidelines to our changing societyを出版した。この日本語訳は『断絶の時代―来たるべき知識社会の構想―』(林雄二郎訳、ダイヤモンド社、1969年)だが、原題のdiscontinuityは不連続であり、「断絶」が起きれば終わりというのではない(マルクス主義のように革命で社会主義、共産主義が実現されればよいというのではない)。つまり「断絶」は不断に起き(ゲネシス)、また為される(ポイエシス)*1。サブタイトルにおいてchange(変化・変革)が進行形である所以である。それは絶えざる革新(inovation)とも言い換えられ、まさに経営の成否はこれにかかっている。
 その第1部では「連続性の終焉」として「旧態依然の産業構造」、「老衰した近代産業」が批判され、「核心的“企業家”」が提起されている。第2部の「世界経済」ではグローバリゼーションが先駆的に論じられている。第3部では「組織社会」として「新しい多元的組織」が提起され、特に「組織体における個人の自由」を尊重し、「個人を生かす組織体」が論じられている。これは組織と個人を統合したMBOの発展である。そして、第4部の「知識社会」では「知識経済」を担う「知識労働者」が取りあげられる。ドラッカーは「“学歴のカーテン”の愚かさ」を批判し、「“成績主義”の臨終」を告げ、「“仕事”と“学校”の相互関係」における「継続教育」を提起する。これはOECDのリカレント教育に通じる。学歴が仕事でも評価基準として続くことは、再挑戦の意欲を減退させる。そうではなく、卒業後も継続する学習により能力が向上したら、それが評価されるべきである。この点で、ドラッカーは教育の根本的な変革としての生涯教育を提唱したと捉えることができる(言葉を使っているか否かではなく、本質的な意味に於いて)。
 さらにドラッカーは「知識の戦略」として「“情報銀行”の出現」を展望する。これは高度情報化によるクラウド、ビッグ・データの先見と言える。
 この『断絶(不連続)の時代』の出版は1960年に日本で昂揚した安保闘争、66年に中国で毛沢東が発動した紅衛兵運動と文化大革命、68年のフランスの五月革命や日本の全共闘運動の後であった。マルクス主義がグローバルに影響を及ぼした時代にあって、ドラッカーは暴力革命ではない「不連続」、「変化・変革」を提起したのである。この「断絶」は絶えず起き/為されるという思想はマルクス主義の暴力革命が一度だけで、その後はプロレタリア独裁を名目に「革命」を抑えつけたことと対照的である。なお、毛沢東は「継続革命」を唱えたが、それは奪権のためであった(トロツキーの「永続革命」はレーニン主義的な二段階革命ではなく恒常的に社会主義革命のために闘うという意味)。
 つまり絶えざる変化・変革は資本主義で進行したのである。社会主義が資本主義に敗北して当然であり、マルクスやエンゲルスの資本主義から社会主義への発展は必然という史的唯物論は誤りであったことが実証された。このような近代思想史にドラッカーの提起した変化・変革し続ける「不連続の時代(The age of discontinuity)」は位置づけられる。

④NPO(非営利組織)と「ポスト資本主義社会」

 ドラッカーは経営管理論をNPO(非営利的組織)、企業の社会貢献、社会的責任へと展開し、1990年にManaging the nonprofit organizationを出版した(日本語版は『非営利組織の経営―原理と実践―』上田惇生、田代正美訳、ダイヤモンド社、1991年)。
 これは、歴史的構造転換が始まった1989年の後である。中国では社会主義が一党独裁資本主義へと変質し(強権と利益のシナジー効果で慾望が肥大化)、ソ連東欧の社会主義体制は次々に崩壊した。その一方で、資本主義では労働運動が弱まるなかで成果主義が強まり、また不安定な非正規雇用が増えた。
 このような動勢において、ドラッカーがNPOを提起したことについて検討する。まず、資本主義の発展において官府(公共性)と民間(私事性)の間の第三セクターの役割や機能を引き出した。その30年前、ユルゲン・ハバマスが『公共性の構造転換』(原著Strukturwandel der Öffentlichkeitの出版は1962年)で社会民主主義的な立場による公共性の発展を論じたことに対して、社会主義体制は無視し、或いは理解できず、衰退・崩壊・変質に至ったが、資本主義体制はハバマスとは異なる経営の立場で公共性の構造的転換を果たしたと言える。それは自己統制や参加としての発展でもある。
 だが問題もある。NPOは非営利のため経済的基盤を強化できず、また公的な基盤も行政ほどではない。半官半民の長所もあるが、弱点もあり、組織的に不安定である(公的な助成は永続的ではない)。それが雇用の不安定と相俟って社会の不安定をもたらしかねない。
 とは言え、安定がマンネリズム、停滞、衰退に陥ることを考えると、不安定も全否定できず、それが発展の契機にもなり得る。矛盾をモメントにした発展の弁証法は、硬直した教条的マルクス主義ではなく、資本主義において実践されたとも言える。
 このような意味でNPOは絶えざる「断絶」、「不連続」、即ち革新の論理の具体化と捉えることができる。これはまた経営の戦略に位置づけられる。
 NPOは高度経済成長により生き方の選択が広がった状況にも合っていた。学歴主義~エリート主義という大企業と高収入に価値を見る生き方ではなく、NPOと社会貢献という生きる価値もある。それは「我が亡き後に洪水は来たれ」の飽くなき利潤追求と物慾ではなく、持続可能な開発・発展の共同・協働において生の質(quality of life)の向上・充実を志向することに通じる。
 これは職業選択の自由に即して労働形態を多様化したが、同時に自由競争により格差が拡大した。その中で物質的豊かさはほどほどで精神的豊かさを求めるためには、学歴主義や能力主義を凌ぐ精神が必要であり、その次元に到達するのは、エリート・コースを進むよりも難しいところがある。「自己実現」は「言うは易く行うは難し」なり。
 さらに、AIがディープ・ラーニングで人間に優越するシンギュラリティが現実的になる状況において、資本が自己増殖するように「知識」も自己増殖している。それに応じて人間はますます生涯学習に努めねばならない。そうでなければ、AIに追従し、時代に流される。
 このような歴史的趨勢において、一党独裁、衰退、崩壊、或いは腐敗、変質の社会主義よりも資本主義が選択されたことは人類的な「知識」の結果と言える。だが、ドラッカーは資本主義に留まらず、その後を考え、Post-capitalist societyを1993年に出版した(日本語版は『ポスト資本主義社会―21世紀の組織と人間はどう変わるか―』上田惇生、佐々木実智男、田代正美訳、ダイヤモンド社、1993年)。彼は「知識社会」を資本主義社会の次の段階に位置づける。これは唯物史観の否定であるが、資本主義の肯定でもない。社会主義体制は変質、または崩壊したが、資本主義の問題が解決されたわけではない。それ故、資本主義も社会主義も乗り越えていかねばならず(弁証法的に言えば止揚)、それをドラッカーは「知識社会」として展望した。
 その第五章では「社会的責任」が論じられている。これは公共性と私事性の間のNPOに求められるが、より広く資本主義と社会主義の高次元の統合、止揚としても考えられる。
 さらに彼は社会民主主義的な福祉国家に対しても「母乳国家」であり、政府は「社会サービス」を「実行」したが「ほとんど成果をあげることができなかった」と批判する*1。その一方で彼は「非政府系の独立したコミュニティ組織による社会サービスは、極めて大きな成果をあげている」と評価し、やはりNPOなど第三セクターの意義を説く。
 「母乳国家」は甘やかしの政策と捉えられるが、発達における母乳の極めて重要な意義を考慮すると、別の表現が望ましく、私は「甘え/甘やかし国家」と表現する。また欧米の福祉や社会サービスの基盤を構成する富は、産業革命だけでなく、アフリカ、中南米、アジアへの帝国主義的侵略や植民地支配による収奪によっても蓄積されたことを看過すべきでない。ドラッカーは「ルーツ」に関わるため「グローバリズム」と「地域主義」、「部族主義」のバランスを論じるが、まさにルーツを追究すればこの問題を避けることはできない*2。この点でハバマスの資本主義批判に留意する必要がある。
 その上で注目すべきは、ドラッカーが「例外としての日本」を積極的に評価している点である*3。彼は「日本株式会社」であっても「産業の国有化」を行わないが政府と大企業は「密接に協力」しており、大企業に「日本の政府は際立って協力」だが同時に「最も控え目」であると捉える。これは「和」の精神、近江商人から生成したとされる「三方よし(売り手よし・買い手よし・世間よし)」の経営の継承・発展が現在でも為されているためと、私は捉える。

(2)ダグラス・マグレガーとアブラハム・マズロー

 MBO(目標管理)において、ダグラス・マグレガーの位置は大きい。ドラッカーの『現代の経営』の六年後、彼は命令・統制を基調にした「X理論」から参加と自己実現に努める「Y理論」への経営管理論の発展を提起した*1。この前近代から近代への発展に符合した対比は分かりやすく、また「人間的側面」の表題は「人間関係論」のみならずヒューマニズムも連想させ、多くの読者を獲得した。
 ただし「Y理論」をヒューマニズム(人間主義)に偏して捉えてはならない。むしろ基本はやはり経営・管理である。近代化、民主化が進展し人権や尊厳の意識が高まれば、上司は部下に非人間的と思われたくなく(よい人間と思われたく)、上の立場からの目標設定、その過程における指示・批評、結果の評価において抵抗感、さらには罪悪感を覚えやすい*2。これに対してMBOに加えてY理論を示せば、自分はヒューマニスト(よい人間というイメージ)で、その立場から積極的建設的に指示・批評しているのだと見せることができる。
 無論、これは欺瞞で、心遣いと見せて慇懃に圧迫し、参加と思わせて自発的に服従させるなど、より高度で巧妙な統制や搾取には注意しなければならない。だが、組織であれば統制を全廃することはできず、指示する者がどうしても必要になる。それがいなければ組織は存続できない。プロレタリアや人民の独裁を謳いながら実際は書記長、総書記(意味は記録係のトップ)などの独裁となっている欺瞞に比べたら、MBOやY理論は遙かにヒューマニスティクで実際的である(MBOやY理論による公然たる処刑などない)。
 さらに、改めて非人間的と思われたくない点について考えると、それは心理の問題であり、マグレガーはカウンセリングの手法にアプローチし、それはマズローの自己実現と呼応した。実際、マズローも個人と組織の統合を論じた。次にこの点を取りあげる。
 彼は「Eupsychian Management(ユーサイキアン・マネジメント)」を提起し、次いでZ理論を提出した*1。それは彼の心理学の経営への応用と言える。
 「ユーサイキアン」はマズローの造語で自己実現の人間を産みだし、かつそれを創りだす文明を指す。個人と経営の範囲を拡大した個人と社会のシナジー(相乗効果)的な発達~発展論だが、それは「誇大理論」*2の再生産と見なさざるを得ない。また、マズローの「Z理論」はマグレガーへの異論や批判というより、延長と捉えられる。二人は理論的に呼応しているからである。しかし、やはり現実に即しておらず、いずれも経営管理では顧みられなくなった。
 むしろ「Z理論」はウィリアム・オオウチにより注目された*3。彼は書名の副題に「日本」を掲げたとおり、その具体的実践として日本企業の小集団活動(特にQCサークル)に注目した。これについては後述する。

(3)クルト・レヴィンとレンシス・リッカート

 レヴィンのグループ・ダイナミクスは「葛藤(conflict)」の解決を主眼としていた*4。「葛藤」はマルクス主義的な階級闘争と異なる概念である。
 このような研究をリッカートは企業組織をフィールドにして発展させた。特に彼の提出したリンクピン(連結ピン)の概念は*1、上部の組織と下部の組織の有機的でダイナミックな連携を創出する主体の機能を把握するために重要である。具体的には中間管理職の役割の意義を明らかにできる。
 リンクピンには上の統制力と下が突き上げる抵抗力の二重の圧力に屈せず、個人の発達と組織の発展を促進させることが求められる。そして、一般に組織は上から下への影響力が強いことから、それに対して上向きの影響力を如何に強めるかが課題となる。それは民主主義に合致するだけでなく、下層のメンバーの勤労意欲、モラール、活力を高めることで経営・管理にも有益である。これがリンクピンの重要な役割で、言い換えればそのリーダーシップの課題となる。
 このようなリーダーシップは集団内のみならず外にも求められる。つまり、内だけでなく外も考え、計画を立て、戦略を練ることができる程の力量が必要である。
 前掲『コンフリクトの行動科学―対立管理の新しいアプローチ―』第九章では、地位を含む個人的要素を排除して問題の解決に取り組むべきことが論じられており、これはMOBに通じる。第十章では、影響力の相互作用が可能なネットワークにより諸集団が多元的重層的に連結されるべきことが提起されている。第十二章では勢力、影響力、動機づけと多角的に葛藤を調整すべきことが述べられている。上向き・下向きの影響力から力の認識が発展させられている。
 リンクピンはリーダーシップをこのレベルに高め、それにより上下左右に各人の協力的な相互作用を創出し、謂わばWin-Win、「三方よし」を多元的に展開して葛藤を解決することが求められる。それが参加の促進にもなる。逆に、非協力的ならば両損のナッシュ均衡的状態に陥る。なお「三方一両損」は「三すくみ」に陥らず、「三方よし」に転じる日本的な実践知であり、参考にできる。
 このようなレベルのリーダーシップは民主的かつ主体的である。誰もがリーダーになるべき時はなれ、またリーダーは常にメンバーの一人であると自覚する。そのためにはメンバーの誰もが人任せにせず、いつでもリーダーになれる力量と自覚を備えておかねばならない。
 私は、この考え方を、未熟ながら、リーダーシップとチームワークの関連性として、前掲「成人の学習をすすめるうえの方法・技術―公共的テーマの学習をめぐって―」で論じた。
 その後の研究で、レヴィンに遡り、またジョン・デューイの実験/経験主義教育(empirical education)、及びこれを発展させた宮原のアクション・リサーチを学び、それらを通してリッカートのリーダーシップ論の実践に努めた。フィールド(場)は、彼と異なり社会教育や平和教育であったが、応用した。これにより、影響力は上向きが重要だが、それを阻害するのは、下向きだけでなく、横や斜め、さらには迂回曲線など複雑であることを実験・経験的にも知り得た(心理社会的には嫉妬が極めて重要)。

(4)クリス・アージリス

①「ダブル・ループ学習」と「自省」

 アージリスは人間関係論や組織論の成果を応用し組織・システムの発展と個人の人格の発達を統合的に進める理論を実践的に研究した*1。これは経営における組織開発(organization development)と自己啓発(self-development)の相乗効果を導き出すことに活用でき、社会教育の経営と生涯学習の支援の連動を考えるために重要である。
 さらに学習・教育に関していえば、アージリスは先述の感受性訓練 やTグループの論理や実践の発展に努め、さらにドナルド・ショーンとともに1978年に『組織的学習(Organizational Learning)』を出版し、各人の組織的学習と組織としての学習の統合的な論理を提起した。組織自体が学習するという発想はAIのディープ・ラーニングに通じており、先駆的であった。その中で彼は「シングル・ループ(single-loop)学習」から「ダブル・ループ(double-loop)学習」への発展を論じ、そのためには自分の学習の「自省(reflection)」が必要であると提起した。
 先述したように、諸理論を信じず、用いるには、それを実践する自分を信じなければならない。だが自惚れてはならず、故に「自省」が求められる。
 これをデューイの経験の「再構成」が発達となり、それが教育に求められるという実験/経験主義教育と組み合わせると(『民主主義と教育』等)、より深い理解が得られると私は考える。経験を「再構成」するためには「自省」が必要であり、「自省」は自分の経験の分析が不可避であり、その分析は経験を「再構成」してこそ意義がある。

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