老年期の頑固な孤独の心理社会的な要因を考える

 老化により次第に活力が低下し、活動範囲が狭まる。これに伴い気を紛らわすことが難しくなる。活動的であれば、様々な手段や偶然的な機会などで気を紛らわせることができたが、それが少なくなる。さらに引きこもると、追いつめられるような状態に陥る。
 外的な関係がなくなれば、「考えるために生まれている」*1という人間は、それを内側に向ける。同時に、気を紛らわせて意識しないように=意識の下に抑圧してきた問題が出てくるようになる。つまり無意識に抑圧されていたトラウマ、それに起因する怨み、怒り、不安、恐れ、孤独、いらだちなどが抑えきれなくなる。しかし、自己防衛本能があり、何が何でも自分を守ろうとする。それは老人の「絶対的自己正当性」として現れる*2。
 エリクソンに習えば、その本質には「絶望・やけ(despair)」や「嫌悪(disgust)」がある。人間を嫌悪し、人生に絶望し、やけになり、その哀れな自分を認められず、絶対的に正当化するのである。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

みかんぴあの
2019年11月14日 22:18
傘寿を迎えた女性が、「生きることは辛いこと」と言いました。理由は、以前できたことがどんどんできなくなる自分に腹が立ち、それを押さえることが辛いというのです。

それを聞いて私は、彼女の素直さが愛しいと思う反面、「人は経験を積むことで丸くなるのではなかったのか」と疑問をもちました。

彼女の言うことが正しいのなら、「経験」は、人にとってどのような意味をもつのでしょうか。