日本の青年・学生の心理歴史的研究―ノート その24

44.「マイ・バック・ページ」
  ―ジャーナリストのゲバルトへの協力、反省の加味されたノスタルジックなシンパシー―
 川本三郎は「もっとも濃厚に『都市の感受性』を背負った作家」として、村上春樹の方が村上龍よりも「より強く背後に『都市の感受性』を持っている」と評した(「『都市』の中の作家たち―村上春樹と村上龍をめぐって―」。初出は『文学界』1981年11月号。引用は『村上春樹論集成』若草書房、2006年、pp.49-50)。
 そして『ノルウェイの森』刊行の翌年、川本は回想録『マイ・バック・ページ―ある六〇年代の物語』を河出書房新社から出版した。この内容は、史実に照らして評価されねばならない。彼は1968-72年に『週刊朝日』と『朝日ジャーナル』の記者として、安田講堂「攻防戦」、三里塚闘争、ベトナム反戦運動を取材する。朝霞自衛官殺害事件では取材を超えて犯行に関わり証拠隠滅で逮捕、有罪(執行猶予)、懲戒免職となる。それでも回想の基調は新左翼とゲバルトへの反省が加味されたノスタルジックなシンパシーである。その前提には、資本主義帝国主義は無数を殺害してきたので、その体制=暴力装置としての国家を打倒するために暴力は必要であるという論理がある。これはマルクス、エンゲルス、レーニン、毛沢東たちによって雄弁に説明され、論証されたように思われた。だが、政権を掌握したソ連東欧や中国では、理想とした社会主義共産主義が実現でき、暴力はなくなるはずであったが、現実は正反対の一党独裁体制が構築され、資本主義諸国よりも甚大な犠牲・被害を出した。川本は殺害事件の共犯だけでなく、たとえ反省が含まれているとしても、その回想でも問われなければならない。
 彼の『マイ・バック・ページ』を原作とする同名の映画が2011年に公開されたことから、尚更である。
 ノスタルジーならば、むしろ、中島みゆきと吉田拓郎の「永遠のうそをついてくれ」(中島の作詞作曲。吉田のアルバム「Long time no see」1995年に収録、翌年、中島のアルバム「パラダイス・カフェ」でセルフカバー)を注目すべきと考える。これについて、次に論じる。

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