叢書「生涯学習」(雄松堂)に向けての歩み(ノート)3

1986年10月3日
 ジェンダーについて「人類史」を見渡して考えることに触発されて、教育史を専攻する院生たちと話しあった。
 教育が制度化される前、文化の伝播として、神話や伝説の口承があり、それが古代ギリシャ・ローマでは儀式と娯楽に組み合わされて演劇が生まれた。その後、教会の建築が発展すると、聖画やステンドグラスによる聖書の説明も現れた。
 日本では歌による口承が重要である。それが万葉仮名により万葉集として記録された。
 その後の今昔物語なども元は口承の説話であった。
 中世になると都市では徒弟制度が形成された。若者組・若衆宿・娘組などもあるが、これは古代からかもしれない。
 近世では藩校、孰、寺子屋が広がった。
 画期となるのは明治維新だが、フランス革命を代表とする市民革命としては不徹底であった。この点で、彼らは多かれ少なかれ史的唯物論、講座派の立場であると思われた。
 学制の後、社会教育の前身である通俗教育が提起された。それとともに自由民権運動や大正デモクラシーが展開したが、全体主義が強まる中で大政翼賛体制、国民精神総動員運動へと吸収・解消された。
 郷土教育や農村更生運動もあるが、限界があった。
 敗戦後、民主教育が進められ、社会教育は自己教育・相互教育として再出発した。

 山田は若者組について、マーガレット・ミードが『サモアの思春期』で述べた若者の組織の「アウマガ」を想起して、宮原の「原形態」としての社会教育、近代の制度化された学校教育、その発展である高次の「原形態」としての社会教育という教育発展史観を研究するためには、若者組が鍵となると考えた。それは「原形態」としての社会教育に位置づけられ、高次の「原形態」としての社会教育には年長青年の学習サークルが考えられる。

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